※本稿は、井上多恵子『グローバル×AI翻訳時代の新・日本語練習帳』(BOW&PARTNERS)の一部を再編集したものです。
察知する文化があいまいな言葉を生んでいる
日本では、共有している情報が多いことを前提にしたハイコンテクストのコミュニケーションが行われてきました。明確に説明しなくても、情報の受け手の側で、発信者が言わんとすることを察知してくれるコミュニケーションがなされてきたのです。あうんの呼吸や忖度は、その典型です。
背景には、日本語を共通言語に、同じような教育を受けて育ってきた人たちが国民の大半を占めることがあります。一方、移民の国アメリカでは、共有している情報が少ないことを前提にしたローコンテクストのコミュニケーションが行われています。共有している情報が少ない人でも理解できるように、情報を補って明確に説明することが求められるのです。
それを象徴的に表している言葉が、アメリカ人が好んで使うCrystal clearです。文字通り訳すと、「水晶のように澄み切った」という意味ですが、それが転じて、「非常に明白な」という意味で使われています。
情報を発信する側が、受け手にわかりやすい伝え方をすることが求められるのです。世界中にいる人たちとコミュニケーションを取るときには、ローコンテクストのコミュニケーションが望ましいです。
つまり、情報の受け手が発信者の意図を推測しなくてもいいように、必要な情報を補うなどして明確に伝えるスタイルです。
では、これから、具体的な留意点を見ていきましょう。著者の実践経験に基づき、読み手の推測がより必要だと思う順番にRuleとして並べています。
変な英語になる理由1.主語が足りない
ヒアリングをした方全員が、日本語を英語に翻訳する際の工夫点として最初に挙げていたのが主語を補うことでした。
浦安市多言語表記検証報告書(浦安市多言語表記検証委員会が令和3年3月に発行)でも、「主語がない」ことを誤訳発生要因の一つとして取り上げ、「政府は」が欠けている文を紹介しています。今の機械翻訳は、推測可能な主語は自動で補うレベルにまで進歩しています。とはいえ、確実に意図通りの訳がなされるよう、主語を補うようにしましょう。
(ccに部署の人たちを複数名入れたメール文)
機械翻訳したら
この翻訳を和訳したら
この文がマズイ理由は、他のメンバーも受け手に会うことになっている場合であっても、「楽しみにしている」という書き手個人の気持ちだけを伝える英文になっている点です。
元の日本語を書き直すとしたら
主語が「私たちは」であることを明記しました。
書き直した文を機械翻訳したら
「私たち」があなたに会うことを楽しみにしているという意味に修正されました。