内戦へと至るプロセスは「雪崩」に似ている
まず、日本は未来を楽観に委ねてよいのだろうか。
その前に、1つ重要なことを確認しておく必要がある。ウォルターの指摘する分析手法の中でも、最も目を引く指標である「ポリティ・インデックス」についてである。これは内戦を予期するうえでのいわば「目玉」であるのだが、そのアプローチや概念上の定義はきわめて複雑かつ難解なものなので、1つたとえ話をしてみたいと思う。
しばしば冬から春にかけての季節に、ニュースなどで、雪山やスキー場などでの雪崩による被害が報道される。今年も、外国人によるスキー客が雪崩に巻き込まれたというニュースが記憶に新しい。
内戦とは、ある意味で雪崩に似たところがある。というのは、厳寒時しっかりと硬く冷え固まった雪が堆積した場合、頑健であるために雪崩は起こりにくい。さらにその上に新しい雪が降ったとしても、気温が低いままならその硬さに大きな影響はないと考えられるし、むしろ重圧によって堆積した雪はさらに頑強さを増していくだろう。
問題は、厳寒から、急に温暖な気候へと移行していく局面である。しばしば大きな雪崩は気候が緩む時節に起こると指摘される通りである。急に春先のような気温になると、硬く積もった雪が急激に溶けて土台が緩んでくる。
キーワードは「アノクラシー」
話を政治に戻すと、ポリティ・インデックスが最も不安定化する状況とは、上記の雪崩が発生するメカニズムによく似ている。
すなわち、何らかの一元的で独断的な政治体制の下に国民が支配されている状態、すなわち専制政治は、冷え固まった雪の堆積に似て、安定度は抜群に高い。そこに流動性というものはなく、民衆は唯々諾々と上からの命令に従う。
問題はそこからである。
専制体制が、何らかの事情で急激に緩和され、春先のうららかな風が吹き始めると、固まった雪の堆積が一気に溶解して、地盤ごと流動化する危険性が高まる。急激に民主化されて、昨日まで緊縛されていた民衆に自由が与えられてしまうときに、政治は一気に不安定化するという。つまり、「間の悪い民主化」は危機を助長するのである。
本書の重要な箇所で何度も言及されている「アノクラシー」がこの雪崩の危険性を示すゾーンである。アノクラシーとは、民主主義政治でもなければ、専制政治でもない。いわばその中間にある状態だ。現代のアメリカは、このフェンス上に危なっかしく立っている状態というのが原著者の見解である。