ここ数年、性能を証明するかのように、多くの媒体で月の拡大画像が作例として取り上げられてきた。通常のスマホでは月の撮影を試みても、小さなぼやけた円としてしか捉えることができない。

これに対して「100倍スペースズーム」では、息をのむような美麗な月を、画面中心に大きく捉えることが可能となった。この機種による作例はネットにも多く出ているが、いずれも漆黒の宇宙を背景に、大きな円い月が輝く。

驚くべきことにこうした画像の月面には、月の海の濃淡やクレーターまでもが克明に描写されている。プロが天体望遠鏡を使って撮影した天体写真と比べても、大きく遜色ないかのようにすら思われる。

美しすぎる月面は、AIによる加筆だった

以来、月の解像力は、Galaxyのフラッグシップモデルの能力を誇示する指標のひとつとなった。

米コンデナスト社が運営するテックサイトのアーズ・テクニカは、「このモードは今でもサムスンのマーケティングにおいて頻繁に強調されており、Galaxy S23(Ultra)の広告においても、三脚付きの巨大な望遠鏡を持った人物が、ポケットサイズのGalaxy携帯で撮れる驚きの月の写真に嫉妬する様子が描写されている」と指摘する。

望遠鏡の隣で、スマホで天体を撮影しようとしてる男性
写真=iStock.com/m-gucci
※写真はイメージです

カメラに詳しい方は、レンズの焦点距離で表記する方がイメージしやすいかもしれない。一般のレンズでは300ミリ以上で超望遠といわれるのに対し、S20 Ultraは市販の大半の望遠レンズを上回る「2600ミリ」相当のズーム性能を、小さなスマホに搭載していることになる。相当に迫力ある画作りを期待させる数字だ。

だが、世界のユーザーが息をのんだ月の画像には、大きな「嘘」があった。

実際にはぼやけた画像しか撮影できないにもかかわらず、リアルな月面の凹凸感をAIが加筆していたことが発覚した。純粋な光学では10倍にとどまり、画像が劣化するデジタルズームを含めても30倍にしかならないところ、AIによる加筆で100倍相当の解像感を演出している。

騒動のきっかけとなったネット掲示板の投稿

騒動のきっかけは今年3月11日、アメリカの大手ネット掲示板「レディット」に投稿された1つのメッセージだった。

「サムスンの『スペースズーム』写真はフェイクである」と題されたこの投稿は、大きな議論を巻き起こした。現在までに1万4500件以上のVoting(高評価票から低評価票の数を差し引いた賛同者数)を集めている。

投稿によると、このユーザーは実験のため、ネットから高解像度の月の画像をダウンロードしたという。これを170ピクセル四方にまで縮小した。スマホ画面の縦の長さがおおむね2000ピクセル前後なので、その10分の1以下という小さなサイズだ。