すべての人を「経営人材」に変える

日本に住むすべての人が豊かになるために、我々一人ひとりが取り組めることは、「カネよりもヒトが大事」という過去の日本経済を支えた経営思想の原点に戻ることだ。そのために、労働者から資本家・経営者まですべての人が名実ともに付加価値創造に貢献する「経営人材」としての意識と知識を共有する必要がある。

もし「すべての人が付加価値創造に貢献できる経営人材だ」という信念が日本中で共有されれば、すべての人が経営人材として尊重される結果として、給料は上がり無駄な労力を消費させる仕事は減るだろう。

ただし、すべての人が経営人材だという信念は、企業の成長に貢献するという実が伴っていなければ共有されえない。そのためには、意識改革と同時並行して日本中のすべての人に有効な経営教育が無償で行き渡る必要がある。

【図表1】日本企業の過去の強みの本質「価値創造の民主化」

ここで、①経営教育により経営成果が得られやすくなる、②何事も他人の協力を得なければ実現できない、という当たり前の前提から、簡単な算数によって驚くべき結論が得られる。「経営成果は、経営教育が普及している人数乗で、向上していく」という結論だ(図表1)。

「無駄な規制」「名ばかり管理」を排除する

実際に、過去の日本においても、製造業という限られた業界ではあったが、価値創造の民主化が信じられ、日本企業が世界一の経営成績を誇った時期があった。そこでは、QCサークル活動等を通して、中卒・高卒の作業員から大学院卒の技術者まですべての人が品質管理に必要な基礎的な統計学と経営の知識(QC七つ道具)を得ていた。

こうした過去の強みを、製造業を超えて発揮するには、QC七つ道具よりも普遍的な経営知識を普及させていき、実際に我々一人ひとりがそれを吸収していく必要がある。筆者も、微力ながら、そのための教材を著作権放棄・無償で提供している。

すべての人が価値創造の主役であり「カネよりヒトが大事だ」という信念が実をともなって広まれば、ヒトの労力を無駄に奪うだけの名ばかり管理は悪だと認識される。そうすれば、すべての人にとって仕事がもっと楽しいものに変わり、同時に生産性も向上するだろう。

もう一つ、政府にしかできない「価値創造の国造り」という取り組みもありえる。そのために、政府が率先して「日本で働くヒトこそが国の要であり、ヒトを締め付けるのではなく、反対にヒトにとっての価値創造の障害を取り除くことこそが産業政策だ」という価値観に転換する必要がある。

こうして、無駄な規制や名ばかり管理をなくし、代わりに良質な電力を安定供給し、製造部品のやり取りに必要な交通網を整備するなど、モノ(無形のサービス含む)を作りやすくする環境整備が必要だ。将来的には、価値創造を横取りするような税負担を世界一軽くするような努力も必要だろう。

すなわち、国民の中に「働けば働くほど幸せになれる」「一番貴重なのは自分(の労働力)という資産だ」「カネよりもヒトが大事」という価値観が実感を伴って普及するような政策が求められる。

日本パッシングの今を逃してはいけない

市民レベルと政府レベルでのこれらの意識変換が経済成長にいかに有効かは歴史的にも実証済みだし、ここで述べた簡単な算数からも明らかだ。しかも、中国をはじめとする新興国の賃金上昇と日本の賃金の停滞、さらに昨今の円安によって、相対的に生産地としての日本の競争力は高くなっている。

問題は、こうした転換によって日本が経済成長を再開したら、またもアメリカに潰されないかという懸念である。

岩尾俊兵『13歳からの経営の教科書』(KADOKAWA)
岩尾俊兵『13歳からの経営の教科書』(KADOKAWA)

だが、現在のアメリカの経済安全保障上の最大の懸念は中国に移っている。大統領への影響力も強い新アメリカ安全保障センター(Center for a New American Security)などは、中国に過度に依存した貿易からの脱却を提言しているほどだ。

また、これまでの日本の長期停滞によって、アメリカには日本「パ」ッシング(日本への無関心)思考が蔓延している。そのため、今こそ経営の基本に戻って価値創造に邁進すれば、日本「バ」ッシング(日本叩き)につぶされることなく日本の産業は成長していける可能性は高い。

過去の日本の栄光と挫折の歴史を踏まえれば、日本パッシングの今こそ成長のチャンスだ。そのために、「価値創造の民主化」と「価値創造の国造り」という経営の基本が国民全体と政府関係者の両方に浸透する必要があろう。

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