アメリカは“日本式経営”を見習っていた

すなわち、この時期において「ハイパーインフレに際して最も有効な資産は金融資産でも土地でもなく自分自身」という状況が生まれたといえる。ここに「カネではなくヒトが大事」という日本の経営思想の萌芽が見て取れる。ここに、戦前からの温情主義経営、戦時経済体制、共産主義の流行、レッドパージ等々の影響を受けて、企業を経営共同体として捉える日本的経営が誕生した。

過去の日本の経営思想(日本的経営、日本式経営)においては、価値創造の主役はカネではなくヒトだとされた。だからこそ、ヒトにとっての価値創造の障害を取り除くことこそが経営だという意識が浸透していた。経営者は、ヒトという貴重な資源を無駄にしないように、無駄な労力を使わせるだけの仕事を減らし、価値創造に集中できる状況を作り上げていったのである。

こうした日本の経営思想の優位性は、当時のアメリカのレーガン大統領にも認識され、日本の経営思想を取り入れたアメリカ企業を大統領が直々に表彰するマルコム・ボルドリッジ国家品質賞が創設されたほどだ。ちなみに、レーガン大統領はプラザ合意時の大統領、マルコム・ボルドリッジはレーガン大統領の右腕として円高・ドル安を強硬に主張した商務長官だ。

アメリカは片方でプラザ合意や様々な協定で日本企業の成長の芽を摘みつつ、片方で日本企業の強みを冷静に取り入れていたわけだ。

ロナルド・レーガン大統領
1982年2月8日、ミネソタ州ミネアポリスで演説するロナルド・レーガン大統領(写真=Michael Evans/PD-USGov-POTUS/Wikimedia Commons

カネでカネを生む「投資思考」を選んでしまった

その一方で、日本はプラザ合意後の円高・ドル安を是正できず、それどころかデフレで国際的に強くなった円で海外に投資したり、円高不況対策の金融緩和に乗じて国内の不動産や株や国債に投資したりした。すなわち、デフレによって、「カネよりもヒトが大事」な経営思想という競争力の源泉を捨て、働かずにカネでカネを生む「ヒトよりカネが大事」な投資思考を選んでしまった。

こうして日本は「投資をするだけで製品・サービスを作らない国」に向けてひた走った。だが、「ヒトよりカネが大事」ならば、それを管理するヒトはコストでしかない。日本の労働者は、価値創造の主役という立場から、投資に付随するただの管理コストという立場に追いやられてしまったのである。

この状況から脱するには、①我々一人ひとりが取り組める「価値創造の民主化」、②政府にしか取り組めない「価値創造の国造り」の2つが必要である。