「絶対に追い付けない」という慢心
しかし、ブラックボックス戦略の根幹にあるのは、自社の情報が漏洩しなければサムスンは追い付いてこられない、あるいは、追い付くのに相応の時間を要するという前提だ。自分たちがこれだけ苦労しているのだから、サムスンには無理だろう、あるいは、もっと手間取るに違いない、とシャープの経営陣は考えたのではないか。自社の技術を高めに評価し、競合相手の力を過小評価する姿勢が透けて見えてしまう。
ブラックボックス戦略にどこまでの効果があったのかはわからない。ただ、サムスンが長年にわたって世界の液晶テレビ市場のトップに君臨している現実を見れば、その効果は限定的、あるいは一時的だったと言わざるを得ない。
ところが、ブラックボックス戦略の根幹にあったシャープの自社技術に対する強い自信は、亀山工場の成功も重なって慢心へと肥大化していく。町田社長のあとを継いだ片山幹雄氏は、社内でも慎重論があったにもかかわらず、堺工場への巨額の投資を決める。
さらに、リーマンショックによる景気悪化を軽減するため、政府が地デジ対応テレビなどに付与した家電エコポイント制度により需要が急増した際には、シャープは同業他社への液晶パネル供給を一方的に減らし、自社ブランドの生産を優先する。
約束を反故にされたソニーや東芝は、「客をなんだと思っているんだ。あの会社だけは絶対に許さない」と言って反発した。やがて状況が一変し、堺工場の稼働率が低下した時には、同業他社からの受注は大きく減っていた。
慢心に染まった組織の末路
慢心の中で低迷した液晶事業が引き金になり、同社が経営危機に陥ったのは、それからたった数年後のことだった。
TDKの記録メディア事業と、シャープの半導体、液晶事業に共通するのは、自社技術への過度な自信と、競合相手に対する過小評価が慢心を生み出し、組織全体に広がっていったことだ。そうなると組織は知らぬ間に根拠なき楽観に依存するようになり、最終的には大きく道を誤る。
高付加価値、高品質、高性能さえ提供できれば、コストで負けていても韓国企業や台湾企業には負けない、と多くの電機メーカーが考えた理由も、根本は同じだったのだろう。慢心に染まった組織は、ちゃんとやるべきことができなくなるのだ。
慢心の罪は、思いのほか重かった。