才能が社会のニーズと合わさったときに時代が動く

うまくいかなくなると、社会の中でこいつらが悪いとか、あるいは他の国が悪いんやと言い出し始める。人間はスケープゴートを求めたくなる本質を持っているんです。みなさんもよくご存知だと思います。

ソクラテスが告発されたのには、このような時代背景がありました。スケープゴートを求めたアテナイ市民の一部が、ソクラテスのことを、若者たちを堕落させたとして訴えたのです。

いっぽうソクラテスの裁判での振る舞いを見ていると、ソクラテスはソクラテスで、アテナイ市民は何も知らないのにおごり高ぶっていたからこうなったのではないかと、仮説を立てて検証を始めたようにも見える。だから人を試すような弁明をしたと考えれば、辻褄が合います。

社会が閉塞するのは、いつの時代にもどこの地域にもあることですが、そこにソクラテスのような個人の特異な才能が結びつくと時代が動くことがあります。天才というのは、優れた才能があるだけではダメで、その才能が社会の大きなニーズと合わさったときに初めてケミストリーが起きるのです。

ナポレオンの登場で国民国家という概念が生まれた

ナポレオンもそうして時代を動かしたひとりです。フランス革命というものすごいエネルギーが解き放たれたときにナポレオンのような天才が登場して、ネーションステート(国民国家)という概念が生まれました。ナポレオンが登場するまで、フランス人には自分たちはフランス国民だという意識はなかったんです。

せいぜい自分たちが住んでいる地域、たとえばブルターニュやノルマンディーの住民だという感覚しかもっていませんでした。ナポレオンはそんなフランスをワンチームにまとめて、対仏大同盟に対抗したのです。

その後、ほかの国もフランスにならって、ネーションステートをつくり上げるようになりました。明治政府も同じです。江戸時代、日本人は自分たちが日本人だとは思っていなかったでしょう。意識にあったのは、日本ではなく藩でしたから。