トランプ大統領が登場した2010年代後半、アメリカはどのように変わったのか。トロント大学のジョセフ・ヒース教授らのインタビューを収録した『アメリカ 流転の1950-2010s 映画から読む超大国の欲望』(祥伝社)から、一部を抜粋してお届けする――。(第2回)
映画『ジョーカー』公式サイトキャプチャ
画像=映画『ジョーカー』公式サイトより

アメリカ人が抱えている不満と怒りの原因

2019年8月3日、テキサス州エルパソのショッピングモールで銃乱射事件が発生した。このエルパソ銃乱射事件は、25人が負傷、22人が死亡する大惨事となった。犯人は21歳の白人男性。逮捕時に警官に対し、「メキシコ人たち」を標的にしたと自白した。いわゆるヘイトクライムだ。

事件の半年前、トランプ大統領は国境の壁建設費を確保するため、議会の承認を得ず、国家非常事態を宣言していた。

2010年代最後の年、19年は、人種の壁、リベラルと保守の溝、さらに経済的格差というこの10年間で生まれた対立が、加速し吹き荒れた年だった。2019年の統計では、アメリカには資産10億ドル以上のビリオネアが705人もいる。一方、その年の貧困率はOECD加盟国で第3位。先進国にあっては飛び抜けて高い数字で、17.8%の人が、貧困線以下の生活を余儀なくされる状況だった。

その年、アメリカの分断を象徴するあの男を描いた映画『ジョーカー(※)が公開された。コミックを原作に多くの映画シリーズが制作されてきた、バットマンのヴィラン(悪役)を主人公にした作品だ。描かれるのは貧しいコメディアン、アーサー・フレックを「ジョーカー」という悪役へと変貌させた「怒り」である。

※映画『ジョーカー』(joker) 2019年 監督:トッド・フィリップス 出演:ホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロ▼ゴッサムシティに住むアーサー・フレックは貧しいコメディアン。善良だったにもかかわらず何もうまくいかず絶望した彼は、ついに拳銃で人を撃ってしまう。殺人鬼「ジョーカー」となった彼の姿に触発された市民は暴徒と化し、街はすさんでいく。

映画『ジョーカー』に投影された善良な市民の変貌

『ジョーカー』がヒットした要因を、カウンターカルチャーを消費文化の視点から分析した著書を持つ、哲学者ジョセフ・ヒースは次のように語る。「ジョーカーの文化的遺伝子がたくさんあるのは、様々な意味での“逆転”を表わしています。ジョーカーが社会から誤解され、ひどい目に遭わされているとみなされるようになったのです。今、アメリカでは多くの若い男性が、バットマンよりもジョーカーに自分を重ね合わせているはずです」

アーサーは、病気の母を看病しながらコメディアンとして売れることを目指しているが、彼には緊張すると笑ってしまう病気があった。その怒りが向かうのは、彼の尊厳を踏みにじる「成功者」たちだ。