憲法96条は占領軍の最悪の置き土産

前出のように憲法を書き直すのではなく、日本人の手で新しくつくるべきだと私は考えるが、現実として現行憲法を変えるには高いハードルが存在する。

憲法改正の手続きは、日本国憲法第96条によって規定されている。国会の発議に対して衆議院と参議院、それぞれの3分の2以上の賛成を得たうえで、国民投票によって過半数の賛成を得なければ、憲法は変えられない。

それ以前に、まず「憲法をこう変えよう」という改正案を誰が出すのかだが、今の国会議員にそれだけの能力があるか、はなはだ疑問だ。新しい憲法を発案する能力がないため、結局今の自民党の作業PTがやっているように、現行憲法をベースにして誤文訂正みたいな作業を“ちまちま”やるしかないのだろう。

そして国会議員の誰かが、まともな憲法草案を国会に提出したとしても、今度は衆参両院で3分の2以上の賛成を得なければならない。憲法改正に関しては衆議院の優越が認められていないので、現実としてこれは厳しい。私から言わせれば、1996年に小選挙区制という愚かな選挙制度を導入したせいで、天下国家を論じる議員はほとんどいなくなった。そのため、衆参両院で3分の2の支持を取り付けるのは至難の業だ。

憲法第46条には、参議院の任期は6年で、3年ごとに半数が選挙で改選される、と書かれている。もし何らかのムーブメントが起きて衆議院で3分の2以上の支持を得ても、次の選挙は参議院が先にくる。その場合、ブームの後の揺り戻しで、参議院では、前回大きく票を得た政党は支持を大きく減らすだろう。この行ったり来たりのヨーヨーのような状況が繰り返されれば、衆参両院で3分の2の支持を取り付けるのは、未来永劫不可能だ。

この迷宮から抜け出すための政治的なテクニックとして、私が中曽根政権時代に提言した「衆参同時選挙」がある。しかしながら、現在の民主党野田政権を見ているとそれは不可能だろう。

現在の衆議院の定数は480議席である。しかしながら、小選挙区300議席と比例区180議席の配分では、20人程度がまとまって反対派に回るだけで3分の2には届かなくなってしまう。憲法改正のような重要な問題を前にして、機を見るに敏な国会議員たちが直前になって反対票を投じて、「憲法改正を防いだ英雄」になることは十分にありえる。最近は憲法改正の議論がオープンになってきたとはいえ、いざ改正の直前になれば、“相当な保守反動”が起きると私は見ている。

このように憲法第96条の手続きをまともに踏んでいたら、憲法は永遠に変えられない。ならばどうするか。ひとつの方法は憲法の中で改正の妨げとなっている96条のみを変える法案を審議して両院とも過半数で通してしまうことだ。いまの憲法のおかしなところを熱心に説明していけば国民投票にかけても承認される可能性がある、と私は見ている。つまりこのやり方は「憲法違反」のやり方ではあるが、国民も現行憲法のおかしさに気がついて何とかしなくてはならない、と思うきっかけになる。

毎年のように議題に上る憲法第9条を見れば「戦争の放棄」「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と明確に書いてあるのにかかわらず、“憲法違反”の状態を長い間放置している。9条は勝手に拡大解釈しておいて、96条だけ後生大事に守る必要がどこにあるのか、と一瞬開き直る、ということが肝心と考えている。

他国では憲法改正はどう論議されているのだろうか。例えば、同じ敗戦国であってもドイツは戦後、57回も憲法を改正している。フランス27回、カナダ18回、イタリア15回、中国と韓国が9回、アメリカでさえ6回変えている。日本だけが、一度も憲法を変えていないのだ。

憲法をアンタッチャブルにした96条は、占領軍の最悪の置き土産である。憲法9条をさっさと放棄したように、96条も一刻も早く放棄すべきで、それができないなら、もう一度占領してもらって書き直してもらうか、憲法を一時的な脱法行為でオーバーライドするしか道はない。

※すべて雑誌掲載当時

(小川 剛=構成)