鴎外全集を買えばたった1万円で家族みなが楽しめる

僕としては、単に霞亭という男がつまらないので前2作に劣ると思うのですが、まあ、実際に読み比べてください。「丸谷の鑑賞眼はどうなんだ」と、そういうおもしろみも加わっていいでしょう。鴎外全集は古本屋で買ってもせいぜい1万円ぐらい。家に置いておけば子供も読むし、孫も読むし、甥や姪も借りて読むかもしれない。これは非常に具合がいいことだと思います。

次は西洋の伝記。とくにお薦めしたいのが『プルタルコス英雄伝』です。プルタルコスという紀元1世紀頃の著述家が、古代ギリシャとローマの英雄たちを2人1組ペアにして比較しながら論じたもので「対比列伝」といわれています。その対比がどれだけうまくいっているかは僕にはわからないけれど、漠然と読んでもなかなかおもしろい。

たとえば、カエサルの記述。カエサルがまだ若い頃、海賊に捕まって20タラントンの身代金を要求された。ところがカエサルは、「おまえたちはどういう男を捕まえたのか知っているのか。俺は20タラントン程度の男ではない。50タラントンの値打ちはある」と言って、部下に「50タラントン持ってこい」と命じる。身代金が届くまでの38日間、彼は海賊たちと打ち解け、詩を読んで聞かせたり、演説をしたりして喜ばせる。それなのに釈放されるやいなや、海賊たちを襲って皆殺しに。なんとも痛快な男でしょう。こうした逸話がたくさん揃っているのです。

もう一つは、カエサル以後の古代ローマ史を描いた『ローマ帝国衰亡史』。僕も全巻を読み通したとはいいがたいけれど、よさそうなところだけ抜き読みしても楽しめます。

とくに興味深いのは、著者のギボンがキリスト教が嫌いなところ。本当はキリスト教の害悪を書きたいけれど、18世紀のイギリスでキリスト教の悪口を書いたら大変なことになる。そこでギボンは言いたいことを、それこそ芸を尽くして表現するわけです。文章もとても上手で、日本の読書人に向いている本だと思います。