取材した事実に圧倒的な想像力を働かせ「真実」に迫っていく

<strong>田原総一朗</strong>●1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所入社。東京12チャンネル(現テレビ東京)に移り、76年退社してフリーに。テレビ朝日系の「朝まで生テレビ!」「サンデープロジェクト」など、人気番組の進行役を務める。『原子力戦争』『通貨マフィア戦争』『日本の官僚』『電通』『テレビと権力』など著書多数。
田原総一朗●1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所入社。東京12チャンネル(現テレビ東京)に移り、76年退社してフリーに。テレビ朝日系の「朝まで生テレビ!」「サンデープロジェクト」など、人気番組の進行役を務める。『原子力戦争』『通貨マフィア戦争』『日本の官僚』『電通』『テレビと権力』など著書多数。

企業小説のテーマは様々です。たとえば、出世や挫折、左遷・リストラ、競合他社との闘い、商品開発、汚職、派閥抗争……。最近はこれらに「外資」という新しい要素が加わりました。

その外資系企業小説の代表格といえるのが、真山仁さんの『バイアウト』でしょう。外資=ハゲタカ。「私が腐り切ったこの国に復讐して差し上げます」と、外資系企業が日本の巨大企業を買収のターゲットにし、“バトルロイヤル”が展開される。外資と日本企業の攻防を臨場感たっぷりに描いたストーリーに耽溺しました。

外資と並んで、企業小説のもう一つのメーンテーマとなりつつあるのが、「金融」です。多くの作家が題材にしていますが、幸田真音さんの作品は秀逸です。不良債権転売ビジネスの全貌を暴いた『凛冽の宙そら』や、日本金融界の闇を告発した『傷』……。

僕が金融ものにひかれるのは、この業界が目に見えない世界だからです。普通、メーカーなど一般企業の場合は「人、物、金」といえば、人は労働力、物は材料や部品、それからお金です。

ところが金融の世界では、人は労働力ではなく知恵や頭脳で、物はない。つまり、知恵と金だけで利潤を生み出す世界なんです。そうした極めて特殊な空間で起こるドラマを覗いてみたいという要望に幸田さんは十分に応えてくれている。しかも彼女は有能なストーリーテラーで、金融というとても複雑な世界を面白く、しかも読者にも理解しやすく書く力を持っています。『希望退職を募る』などを書いた江波戸哲夫さんも好きな作家です。大手銀行から出版社に移ったあと、作家に転じました。最初はノンフィクションライターだったのですが、そこから作家になって企業小説を書いている。

若い頃に作家志望だった僕ですが、嘘八百が書けない性分です。その点、作家やアーティストは嘘の細部を描き切ることができる。作家は多かれ少なかれ「狂」的な部分を内に持っています。それがあればこそ、新しいものを生み出せるといってもいい。

そういう意味で僕が「大狂」だと感じるのは、ピカソや石原慎太郎、大江健三郎などです。今回あげた清水一行や真山仁、幸田真音、高杉良といった企業作家も多くは「大狂」に属する。

企業小説は現実世界のノンフィクションの要素に加え、想像力も求められる。ノンフィクションが、取材を積み重ねて事実を描くものだとすれば、企業小説は取材した事実を基に想像力を働かせて、真実に迫っていくものだからです。この真実に迫るために必要なものが、「大狂」の才能をフル稼働させたフィクションの描写力なのです。

僕の大好きな作家・寺山修司はまさに事実から真実に迫るために、あえて嘘に嘘を重ねました。それが寺山のクリエーターとしての信念だったのです。企業小説家の目指す世界も、それと同じものだと思います。