上達に大事なこと

もう一つ質問したのは物事を上達するためのコツについて。習い事や楽器、スポーツなど、うまくなりたいと思いながらも、そのモチベーションが続かず、挫折してしまうこともある。子供のころから長く将棋と向き合い、その面白さも苦しさもよく知る羽生九段と藤井竜王は、どんな工夫をしてきたのだろうか。羽生九段は、「集中する時間を長くすることが上達につながっている」と断言する。

「小さい子供って集中が持続しないんですね。集中しても1、2分ですぐに飽きてしまう。それが何かに夢中になると、その集中の時間が3分続くようになり、5分続くようになり、10分、1時間と長くなっていきます。集中が続くようになるとだいたい上達しているんですよね。だから『集中できる時間を長くする』ことを意識するといいと思います。まあ、集中と上達のどっちが先かは鶏と卵の例えのような話なんですけど」

何かに夢中になることで培った集中力は、ほかのことにも転用できると羽生九段は考えている。

「遊びでもスポーツ、アウトドアでも、興味を示すものならなんでもいいと思います。小さいころから“今日この日に関心がある”ことに集中して上達する経験をたくさんしていると、成長して別のことに興味が移っても集中しやすくなり上達できると思います。あくまでも本人の興味次第なので、必ずしも誰もが勉強に集中できるというわけではないと思いますが(笑)。一つのことでうまくいくと、いろんなことに集中したくなり、好奇心の幅が広がっていくというのは、すごくいいサイクルですね。でもこのサイクルに入るまでにはいろんなことを経験して試すのが大事だと思います」(羽生九段)

一方、藤井竜王はどのように考えているのか。上達には“楽しい”という気持ちが欠かせないと言う。

藤井聡太五冠
撮影=金子光博

「将棋に関しては、強くなりたいという気持ちはありましたが、どうやったら上達するかを考えたことは実はあまりなくて……。私の場合は、ただ将棋が楽しくてたくさんやったら強くなったのかなと。“楽しむ”ということが、上達するのに一番の近道なのかなと思います」

藤井竜王は、幼いころ、将棋に負けるとこの世の終わりのように泣いていたというエピソードがある。上達には「負けず嫌い」という要素も関係しているだろうか。

「たしかに、子供のころから負けず嫌いで家族とトランプをやるときでも、勝つまで何回もやっていました(笑)。負けず嫌いがいいことかどうかはわからないですけど、将棋にはプラスになったかなとは思います。ただ“悔しい”という気持ちだけでは続けられなかったと思います。将棋のルールは祖母から教わったんですけど、祖母は駒の動かし方を知っているというくらいの初心者だったので、すぐ勝てるようになったんですね。そこで勝つことの楽しさを知ったのがよかったのかもしれません。やっぱり最初に楽しいという気持ちがあったからこそ続けられたし、強くなれたと思います」

集中する体験を積み重ねていくこと、そして楽しいという気持ちを大事にすること。2人の天才の上達のコツはシンプルだが、とても大切なことかもしれない。