アルバイトで叱られたことをきっかけに、不安で眠れなくなり睡眠導入剤にはまった女性がいる。新卒で入社した会社は26歳まで勤めたが、離職。今は週5回夜の仕事をしているが、睡眠導入剤は手放せないという。ライターで編集者の沢木文さんが書いた『沼にはまる人々』(ポプラ新書)より紹介しよう――。(第4回)

※本稿は、沢木文『沼にはまる人々』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。

夜、水のガラス、前景、医学と治療コンセプトの丸薬で彼女のベッドで寝ている女性
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バイト不採用で知った「初めての挫折」

美奈絵さん(仮名・30歳・アルバイト)は、東京に出てきた18歳の頃からこの12年間、ほぼ睡眠薬が手放せないという。

「北関東で生まれ育ちました。両親は共働きの会社員で、下に弟がいます。家族仲は普通だと思います。地元でもそこそこ頭がいい県立高校に行き、普通に勉強していたらDランクとFランクの間にある大学の指定校推薦がとれたんです。

学費も高くないし、学生寮に入れたので家賃は安い。親には申し訳ないと思いましたが、そのまま地元で就職するのも嫌だったので、上京しました」

地元にも大学や専門学校はあるが、国立大学はそれなりに難関であり、学びたい学部もない。専門学校に魅力は感じなかった。

東京の公立大学を卒業している父親が「若いうちに世界は見ておくべきだ」と言い、上京することになった。

「せっかく上京したのに、大学も寮も東京都心を通り越して、さらに郊外に行く。畑も多く、『ここが東京?』と思いました。でも大学は楽しかったですね。先生も熱心な人が多く、勉強も頑張りました」

親からの仕送りは、学費と家賃4万円と生活費5万円。美奈絵さんの実家のエリアは、代々住み継いだ家に住んでいる。家は当然のようにあるもので、家賃はかからない。家賃を払うという行為そのものが新鮮だったという。

「本当に恵まれていたと思います。大学で友達ができると、一緒に遊びに行きたくなる。東京にはアルバイトがたくさんある。大学に求人チラシがたくさん貼ってあり、それを見て応募しました」

美奈絵さんはそのときまで、バイトには「応募すれば採用される」と思っていた。しかし現実はそうではない。相手が、「この人と働きたい」「この人は有益だ」と思わなければ落とされる。

「出しても出しても落とされる。落とされるうちに、全人格を否定されたような気持ちになり、夜も眠れなくなってしまいました。異変を感じた東京生まれ・東京育ちの友人が、話を聞いてくれたんです。

『バイトはハキハキと笑顔で話す子で、土日も働ける子じゃないとなかなか採用されないよ。あなたが悪いわけではない』って。それを聞いて安心したんです」