あらゆる法則は解釈のひとつにすぎない
その結果、氷が溶けたり、蒸気が消散したり、生物が成長して老化したりするといった、世間一般の物が時間とともに秩序立った状態から無秩序な状態へと変化するのを、常に目の当たりにしている。
そして私たちは、時間を「常に前に進むもの」と何の抵抗もなく思い込むようになる。
その一方で「熱力学の法則は、疑いや疑問を抱くまでもなく、宇宙の仕組みについての証明済みの揺るぎない事実だ」と思っている科学者も、なかにはいるかもしれない。
だが実は、「熱力学の一連の法則は、物質界で物がどのように運動するかの予測を生み出すためのもの」だというのが、物理学者たちの本音だ。
これらの法則は、物事の仕組みの妥当な単純化によって、現実世界をきわめてうまく説明しているが、それはあくまで単純化やひとつの解釈にすぎない。
グリーンは蒸気機関を例にして、加熱された水分子の振る舞いを一般化することはできても、一つひとつの水分子が蒸気に変化するときのそれぞれの動きを予測するのは、今日の最高性能のコンピューターでさえ不可能だと指摘している。
そういうわけで、統計的予測の科学的な手法が注目を集めるようになった。
科学の方程式は時間が進む方向とは無関係
個々の物ではなく、大きな集合体を調べることで、その後の振る舞いが早い段階からかなり正確に予測できる。こうした大量の数にまつわる数学が生み出す予測力は、たとえ何人かの客が大当たりしても、十分に稼げるとカジノ側がある程度見込めたり、エントロピーなどの物理法則が、不変かつ不可逆に思えたりする理由でもある。
「つまるところ、粉々に割れたガラスが自然に元の状態に戻るのを、誰も見たことがないのだから」とグリーンは指摘する。
ただし、留意しなければならない点がある。
それは、この不可逆性が仮定されていながらも、ニュートンの「物理科学」、マクスウェルの「電磁気学」、アインシュタインの「相対論的物理学」、そしてボーアとハイゼンベルクの「量子物理学」も含めた科学の主要分野はみな、「時間の前進を必要としない数式」にもとづいて成り立っているということだ。
つまり、私たちの世界を司る科学の方程式は、時間が進む方向とは無関係なのだ。
ということは、これらの基本的な方程式は、時間が後ろに進んでいる状態でも、時間が前進しているときと同様に、うまく成立するはずである。
そして一部の物理学者までが、「きわめてまれかもしれないが、何かが無秩序状態から秩序ある状態へと変化して元に戻ることを意味する『エントロピー自体の縮小』が起こりうる」と主張している。
この説は、エントロピーの「不変性」と「不可逆性」、そしてさらには「時間は常に前に進む」という見方に、疑問を投げかけるものではないだろうか。