上里家のタブー

筆者は、家庭にタブーが生まれるとき、「短絡的思考」「断絶・孤立」「羞恥心」の3つがその背景にあると考えている。上里家の場合、両親がお見合いで出会い、交際期間もなく、相手のことを深く知らない数日のうちに結婚に至り、すぐに出産。夫が酒を飲むと暴力を振るうことを知った頃には時すでに遅し。経済的に十分に養育できないのに、半ば無計画に5人も娘をもうけるなど、「短絡的思考」の典型例と言わざるをえない。

夫から暴力を受けていた母親は、世間体を大事にするあまり、自分が暴力を受けていることを誰にも言わないことで、社会から「断絶・孤立」していた。さらに、上里さん自身も、「女性の体で生まれたのに女性が好き」という誰にも言えない悩みを抱え、幼い頃に女の子に告白し、気持ち悪がられることを発端に、社会からも家庭からも「断絶・孤立」している。

無人の暗い寝室
写真=iStock.com/onsuda
※写真はイメージです

そして「羞恥心」に関しては、上里さん自身がこう話す。

「短絡的思考や、断絶・孤立があったことについてはその通りだと思います。でも僕は自分の家庭を“恥ずかしい”とは感じないですね。“恥ずかしい”ではなくて、頭のおかしな家庭で、“異常”だとは思います」

上里家の現在

父親は、母親と離婚後に急性アルコール中毒で救急搬送され、重度のアルコール依存症と診断。母親から、「アルコール依存症者が収容される施設に入った」と聞かされている。

現在63歳の母親は、大腸がんの治療のため入院。家から一歩も出なくなっていたことや、入院したことなどにより、「曜日がわからなくなる」「同じ話を何度もする」「医師から治療の説明を受けても理解できない」など、認知症の症状も急激に進んでいる。

次女(33歳)は7年前に結婚し、母親と暮らしていたアパートを出ているが、妹たち(26歳と24歳)は現在もアパートで暮らしている。

上里さんは22歳の時に、自傷行為、幻聴幻覚、不眠の症状がひどく、「せめて眠れるようになりたい」と思い、心療内科を受診。その流れでこれまでに、性同一性障害、気分変調性障害、双極性障害、睡眠関連摂食障害、鬱病の診断を受けた。

さらに昨年は、新たに「解離性障害」の診断を受けている。

夜、睡眠薬がないと眠れなくなってしまった上里さんは、数年前、睡眠薬を服用して眠ると、朝方に夢遊病のように起き上がり、袋入りの乾麺から調味料まで、家にあるありとあらゆる食べ物をあさって食べまくる症状が出現。その時は「睡眠関連摂食障害」だと診断された。

しかし、昨年は夜間以外にも突然意識を消失する症状が出現。上里さん自身は全く記憶にないが、突然発狂したように「ママ! ママ!」と泣きわめいたり、獣のように唸り声を上げたりして自傷行為を繰り返し始めるという。

現在、上里さんが一緒に暮らしている彼女は医療や介護の知識があり、そうした状態の上里さんの様子を映像に収め、上里さんの主治医に見せた。すると医師は、「解離が出ている」「人格もある」と診断。

「主治医には、『解離性障害は、完治は難しい』と言われましたが、症状の緩和は望めるので、仕事を辞めて心身を休め、カウンセリング、デイケアなどで社会性を補いつつ、ストレスの緩和を促して穏やかな生活を目指していくことを提案されています」

上里家のタブーは、一見すれば上里さんの両親がきっかけのように感じる。だが、もしかしたら両親が育った家庭にもタブーがあり、それから逃れられなかった両親がタブーに向き合わないまま家庭を持ってしまったがために継続してしまった、根深い家庭のタブーなのかもしれない。

家庭のタブーがある家庭には依存がある。家庭のタブーを断ち切るには、その家庭で生活してきた自分や家族の、良かったことも悪かったこともくまなく見つめ、とことん向き合い、強力な意志を持って家族から精神的に自立することが肝要だろう。

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