「良い記事を書けば売れる」時代は終わっている
新聞業界も記者個人によるSNSの利用が進んだり、オンラインイベントを開催したりと、少しずつ変わってきている。しかし、全体を見渡せば、これまでと同じレールの上で旧来型の発信をしている向きがいまだに強い。マスが情報を独占し、一方的に発信していれば買ってもらえていた過去の栄光をいまだに引きずって、ネット上でも一方的にニュースを配信して有料会員に誘導するという同様の構図を続けてしまっているのだ。
残念ながら良い記事を書いていれば買ってもらえる時代はもう終わっている。
報道の使命からして、良い記事を書くことは大前提ではあるのだが、それだけでは駄目で、その記事が書かれるまでに現場では誰のどんなドラマがあったのか、そういった個性が見えるところまでさらけ出さなければ、お金を払うほど人は興味関心を持ってくれないのである。
もちろん、取材の中には秘密事項もあり、全てを話すことが難しいことは、自身の記者経験からも痛いほどわかっている。しかし、読者は何を知りたがっているのか、真剣に向き合い、どのように伝えればその要望に応えられるのか、試行錯誤することから逃げてはいけないと思う。読者と向き合うことや、取材過程をできるだけオープンにしていくことは、報道への無関心を払拭し、ひいては信頼性もより高めていくことにつながるだろう。
新聞社が歴史ある報道機関のプライドを持って、必要だと思うニュースを届けることは大事だ。必要以上に世の中に迎合することはない。しかし、「メディア無関心」時代となったいま、報道とは何なのか、取材とは何なのか、新聞とは何なのかを、改めて見つめ直し、読者と共に模索していかなければ新しい時代は切り開けない。新聞業界は今、その最後の岐路に差し掛かっているのではないだろうか。