※本稿は、内村航平『やり続ける力 天才じゃない僕が夢をつかむプロセス30』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
最初に出た大会は最下位だった
正直に告白すれば、僕には体操を始めた当初、センスのかけらもなかったのです。
小学校1年生のとき、6歳で出場した初めての大会は最下位でした。
僕よりうまかった妹には体操を続けさせるべきだとしても、僕にはこのまま体操をやらせておいていいのかということで母親は悩んでいたようです。
「サッカーやってみたら?」と聞かれることもあったくらいですが、僕はかたくなに拒んでいました。
「体操のほうが楽しいから」と答えていたそうです。
体操が好きで、家では体操ばかりしていたといっても、僕の中ではあくまで遊びの感覚でした。練習らしい練習はしていなかった。最初に出た大会で最下位になっても、意識は変わらなかった。少なくとも小学校低学年のうちはそうだったと思います。
試合に出ること自体、好きではなかった。
子供の頃の僕はすごく人見知りで、人前に出るのも苦手だったのです。試合に出るときも、頭の中が真っ白になるくらい緊張したので、それが嫌だったのです。体操は家だけで楽しんでいられればいい、というのが正直な気持ちでした。
他の子はできる「蹴上がり」もできない
試合とは別の話になるけれど……。
小学校1年生のとき、鉄棒の蹴上がりができるようになった感動は忘れられません。
蹴上がりはすごくシンプルな技です。鉄棒にぶら下がった状態で、体を前後に振る反動を利用して上半身を鉄棒の上に持ち上げるだけのものです。
同じ年でもできる子はいたので、やり方を教わろうともしました。それでもなかなかできずにいたのです。それくらい僕はセンスがなく、技を覚えるのが苦手だったということです。手がボロボロになって血が出るほどやっていたのに、それでもできませんでした。
どうしてできないんだろう、と悩みましたが、あまりあれこれ考えずにやってみようと繰り返し試したら、ある日、突然できたのです。
できた! ということ自体が衝撃的でした。体が感覚を覚えられたのか、そのあとは繰り返しできるようになったのです。