「その包丁で切ったら痛い?」

テーブルに並べ終わった7人分のトンカツの食欲をそそる匂いが流れる中、私は意を決してミッキーさんに話しかけた。「さあ、ごはんだよ。一緒に食べよう」ミッキーさんはこちらを見ずにそのまま席に着いてくれた。小林君が急いで換気扇に駆け寄り、スイッチを切った。

こうして私は正式に非常勤職員として採用された。「眠れて5000円の手当がつく勤務はおいしい」と考えた私は勤務形態を決める段になり、月・水・金の週3回の「宿泊勤務(*4)」と日曜日の日中勤務を入れた。

夜中にひとりでの対応もあるが、慣れればなんとかなるだろうと思っていた。この勤務形態だと、時給1050円だから月平均23〜24万円くらいになって、社会保険に入らない選択をしたので手取りは20万円(*5)を超えた。

夕食準備の一番忙しいときにもっとも放っておかれる利用者はミッキーさんである。大柄で眉が濃く目がぎょろっとしているので、周囲のざわめきの中で黙って座っていると声をかけにくい雰囲気を放射する。

ミッキーさんの関心が刃物に向かっているのが気になっていた。ミッキーさんには趣味や関心事がひとつもない。だからホームにいるときは終始ぼうっとしている。夕食前も、リビングに座って職員が調理をしているのをただ眺めている。キッチンでジャガイモを剝いていると、「その包丁で切ったら痛い? いっぱい血が出る?」突然、そんなことを聞いてきた。

トマトを切る主婦
写真=iStock.com/byryo
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私が入る前に自傷して血だらけになったという話を思い出し、何を考えているのかとヒヤッとする。

(*4)宿泊勤務職員の中には「宿泊勤務」が苦手な人も多かった。寝てもいいことになっていても、午前2時のミッキーさんのトイレ起こしがあるため、寝られないという人もいた。その点で「宿泊勤務」を得意とした私は重宝されたといえるかもしれない。
(*5)これに私の国民年金が7万円、妻の年金が6万円あった。老夫婦のふたり暮らしのため、細々とではあるが家計的には問題なかった。

「ミッキーさんが包丁を持って部屋に隠したのよ」

その日は、社会福祉系の大学から実習生(*6)の鮎川誠君が遊軍職員として入っていた。それにもう一人の職員である50代の主婦・松岡圭子さんがいてホームは夕食支度の喧騒に満ちていた。慌ただしく作業している中、ミッキーさんの表情の険しさが増している感じがした。

声がけをしなくてはと思いつつも、この日は忙しくてそれどころではなかった。しばらく2階で作業し、1階に下りると、松岡圭子さんが寄ってきて私の耳元でささやいた。

「たいへんなことが起きたの。ミッキーさんが包丁を持って部屋に隠したのよ」
「え? そこに座っているじゃないですか」
「ついさっきよ。包丁を持って部屋に歩いていくのを鮎川さんが見たって言ってるのよ」

実習生の鮎川君が心配そうにヒョロ長い体でそばに寄ってきて、うなずく。「包丁で切ったら痛い?」という言葉が思い起こされ、頭が真っ白になった。

「その包丁を取り戻さないと……」

松岡さんはミッキーさんのそばに座り、甲高い声で言い始めた。

「ミッキーさん、あなた包丁を部屋に持っていったでしょ! ダメよ! すぐ戻しなさい!」

そばで聞いているだけでも「うるさい!」と言いたくなるようなキンキン声である。ミッキーさんがキレやしないかハラハラしたが、生後すぐに母親がいなくなったミッキーさんは、女性にまったく慣れていないためか、困ったような笑いを浮かべて「知らない」と首を横に振っている。

(*6)本部は社会福祉系の大学からの実習生をつねに受け入れていた。福祉職の人材育成という側面もあったが、足りない人手を補うという意味合いもあったように思う。とはいえ、本部の希望のとおりに実習生が来ることはなかったようだ。私が出会ったのは8年間でこの鮎川君ひとりだけだった。