刃渡り20センチの包丁をどこに隠したのか

「嘘よ! 鮎川さんがちゃんと見ていたのよ」

松岡さんは怖いもの知らずに言い立てる。私もその勢いに乗って聞いてみた。

「じゃあ、ミッキーさん、私が探してきていいかな?」
「どうぞ」

しめた! ふだん、職員に自室に入られるのを嫌がる(*7)ミッキーさんが、このときは素直にカギをポケットから出してくれた。その場を松岡さんと鮎川君にまかせて、私はミッキーさんの部屋に向かった。

刃渡り20センチほどの包丁だと鮎川君は言っていた。6畳の広さの部屋には見事といっていいくらい何もない。自室にひとりでいることのできないミッキーさんは、寝るとき以外はたいていリビング、時には廊下にいるからだ。窓側に頭を向けたベッドがあり、対角線の角に3段重ねの引き出しケースが置かれているだけの部屋の真ん中に立って考えた。

キチンとし過ぎているベッド周りを見ると…

ミッキーさんならどこに隠すかな? たぶん面倒なことはできない人だから、複雑な隠し方はしないだろう。ベッドメイクがされて、シーツはきちんと伸ばされている。頭の位置に枕がきちんと置かれており、足元には掛け布団が3段に折られて重なっている。

職員がしたのかもしれないが、ミッキーさんもベッドメイク(*8)は自分でやれる。後述する医療少年院暮らしで身についた習慣かもしれない。まずは小物を入れるにはちょうどいい、3段重ねの引き出しケースを覗いてみる。3段とも全部開けて見たが包丁は見当たらない。本人は隠したつもりだろうから、引き出しケースは選ばないかもな。本人が隠した気分になれて、すぐ取り出しやすい場所といえばどこだろう? 探偵にでもなった気分で推理してみる。

養護施設の空のベッド
写真=iStock.com/SallyLL
※写真はイメージです

いつもベッドはきちんとしているほうだが、今日のベッドはとくにきちんとしている気がする。枕が1センチのゆがみもなく、真ん中の頭の位置に几帳面に置かれている。まさかな、と枕を持ち上げてみる。あった!

(*7)利用者も自室に入られるのを嫌がる人、まったく平気な人とさまざまだ。ミッキーさんの場合、状態が悪いときほど、職員が部屋に入ることを嫌がる。また身体に触れられることも極度に嫌がり、肩に手を添えようとするとさっと身をひるがえして避けようとする。
(*8)ベッドメイクは基本的に本人におまかせである。休日などに職員が敷布や掛け布団を干してあげることはある。とくにヒガシさんはよだれがあるので布団が汚れやすく、放っておくと悪臭がするので枕カバーも含めてまめに洗濯する必要があった。ヒコさんは布団が敷きっぱなしだったが、お母さんが毎週やってきて資料の山の間を縫って掃除や布団干しをしているため、意外に清潔だった。