電子版20万人も「紙はずっと残る」

――記者のツイッター利用を推奨するなど記者個人を売り出す新聞もある。一方、日経は署名記事が少ない。スター記者は必要ないということか。

喜多 今、世界で最も優れた経済報道を手がけているのは英国の「The Economist」だろう。あの雑誌には「byline(署名)」はない。チーム編集の理想的な形だ。署名記事かどうかは、作り手の理屈。有用な記事であれば、読者にとってはどちらも同じだ。スター記者は、つくるのではなく、自然と出てくるものだろう。

――2010年3月より他社に先んじて有料の電子版を始めた。12年4月時点で有料会員は20万人で業界内の評価は高い。成功といえるか。
日本経済新聞社社長
喜多恒雄

1946年生まれ。71年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。経済部記者などを経て、93年市場速報部長、95年整理部長、97年編集局副局長、2002年出版局長、03年取締役、04年上席執行役員、05年常務、06年専務。08年より現職。

喜多 電子版の月額4000円という価格には、開始当初、ネットを中心に「非常識だ」との批判があった。しかし記者が取材して書いた原稿には価値がある。価値があるものには、価格をつけるべきだ。だから私は当初から広告モデルではなく、有料課金モデルを採るべきと考えていた。われわれはクオリティの高いものを出している。決して安い価格ではないと思うが、上質な情報は、買って読んでいただきたい。

――経済記事だけを安く読みたいというニーズはあるのではないか。

喜多 採算に乗るのであれば、「記事のバラ売り」は否定しない。現実に「日経テレコン」では一本ずつ記事を販売している。同じことが電子版で起こるかどうかはわからない。結局は経済性だ。一本ずつ売るのと、全体を売るのでは、どちらが経営に寄与するかという問題だ。

――電子版は新型の「iPad」に対応した。描画はとても美しい。近い将来、紙から置き換わる可能性を感じた。

喜多 実際、iPadの効果で電子版の読者はすごく増えた。ただ、すべてが置き換わるとは思えない。紙の約300万部に比較すれば、桁が違う。限界がある。紙と電子は対立する概念ではないだろう。いずれにしろ配信しているコンテンツは一つ。新聞社としては読者ニーズのあるところに対応することが第一だ。私も出張時にはiPadを持っていく。どこでも紙面が見られるので便利だ。一方で、電子版では斜め読みは難しい。紙の利便性は高く、紙の新聞はずっと残るのだろうと思う。紙の部数が大きく変化することはあまり考えていない。

――たしかにこの10年の部数は横ばいだ。しかし売上高は急減している。

喜多 広告の減収が要因だ。この5年間で広告収入は2分の1になっている。もともと日経は広告収入のウエートの高い新聞社だが、この数年で広告市場は激変した。たとえば主要な広告主だったBtoBの輸出企業は、海外進出を本格化させ、海外で広告を出すようになった。どこで下げ止まるのか。反転する可能性があるのか。2011年は震災があり、異常値だった。2012年の数字で、将来像が見えてくる。その点で12年は大切な1年になる。

――紙面が減ることはないか。

喜多 ありえない。今、薄くなっているのは広告ページが減ったから。編集ページは減っていない。編集ページは増えることはあっても、減ることはない。2011年の紙面改革でも、「M&I」や「ニュースクール」などのページを増やした。日経には48ページまで印刷できる設備がある。もちろん経営面では広告の増加を期待するが、読者ニーズに応えるためにも編集ページはさらに充実させていく。