小林陽太郎
1933年、ロンドンに生まれる。56年、慶應義塾大学経済学部卒業。58年、ペンシルベニア大学ウォートンスクール修了後、富士写真フイルム入社。63年、富士ゼロックスに転じる。68年、取締役企画部長。70年、取締役販売本部長としてビューティフルキャンペーンを展開する。72年、常務取締役営業本部長。76年、取締役副社長として、全社的に品質管理(TQC)を推進。78年、代表取締役社長。80年、デミング賞実施賞受賞。87年、米国ゼロックス・コーポレーション取締役就任。90年、臨時行政改革推進審議会(第三次行革審)委員。92年、代表取締役会長。98年、日本アスペン研究所設立に伴い、会長に就任。99年、経済同友会代表幹事就任。2002年、世界経済フォーラム(ダボス会議)共同議長。04年、取締役会長。06年、相談役最高顧問。09年、退任。

【小林】なぜ、正直であることが大事なのか。例えば、「これくらいの決断でイエスといえないと格好悪いのではないか」とか、「ここはノーといっておかないと威厳を示せない」といった考えがよぎれば、それは邪念です。ある案件について部下から、「これはもう決めです」といわれても、「本当にそうか」と少しでも疑念があり、自分で納得できなければ躊躇せずに戻す。逆に自分が納得できれば、まわりが躊躇しても、決断する。

ビジネスのあり方は売り手発想のプロダクトアウトから、顧客のニーズをくみ上げるマーケットインへ進み、これからはさらにソサエティインの世界へと入っていきます。マーケットの枠組みを超えて、社会が必要とし、社会にとって価値のあるものを探り、提供していく。とすれば、データや数字以上に、社会を構成する一員である自分に対して正直であることが何より大切です。少なくとも9割方納得できると判断できたら決断する。

必要なのは「センス・オブ・オーナーシップ」、何ごとも他人事にしない自己責任に裏づけられた強い当事者意識です。チャンスが与えられ、本人にやる気があれば、人は変わる。富士ゼロックス自身、ニューワークウェイ世代がその期待に応えてくれると私は信じています。

小林氏は「性善説の経営者」と呼ばれる。人間の本質は「善」であり、ゆえに自分で納得できれば、最善の判断ができる。TQCからニューワークウェイに転じるときも、「大丈夫か」と危惧する声が多い中で、小林氏はそれが最善と考えた。考えてから動くのではなく、動きながら、見えてくる世界の中で考える。

複雑で不確実性が高い今の時代には、実践しながら謙虚に思考を開き、自分に正直になって判断する。リーダー歴40年の賢人の説くシンプルな原理にわれわれは改めて耳を傾けるべきではないだろうか。

※すべて雑誌掲載当時

(岡倉禎志=撮影)