富士ゼロックスは、誰もが個人プレーのクラフトを持った超個性派集団から始まり、TQCのサイエンス的手法で組織の効率を高め、次いでニューワークウェイのアート的なマネジメントで社員の個性や創造性を活かそうとした。究極の判断力と決断力は、クラフトとサイエンスとアートを統合した力から生まれるとすれば、それはどのように示せばいいのか。
刺身状開発の研究以来、小林氏と親交を重ね、理論を磨きあげた野中教授は、クラフトとサイエンスとアートを包括した「フロネシス(賢慮)」という概念を提唱している。哲学者アリストテレスが唱えた知のあり方を、リーダーのあるべき姿としてとらえ直したものだ。
すべての基本となる「善い目的」を志す意識を常に持ち、そのときどきの文脈に応じて最善の判断を行い、行動する実践知、それがフロネシスだ。野中教授によれば、「小林氏はフロネティック・リーダーの一人」だという。
フロネシスは6つの能力、すなわち、(1)「善い目的」をつくる能力、(2)場づくりができる能力、(3)現場で本質を直観する能力、(4)直観した本質を概念化し表現して伝える能力、(5)概念を実現するための清濁併せのむ政治力、(6)賢慮を伝承・育成し、組織に埋め込む能力で構成される。
小林氏の場合、富士ゼロックスの50年の歩みの中で、クラフト期、サイエンス期、アート期の数々の困難を経験しながら身につけたのだろう。そして今、判断と決断の難しい時代に直面し、小林氏自身は次代の若きリーダーたちに何を求めるのだろう。その問いに対する氏の答えは「自分に正直であること」という実にシンプルなものだった。