日本人が海外で日本美術を教える意義

今のアメリカでも、ハーバード、コロンビア、プリンストン、イエールのような有名大学では日本美術を教えており、欧州ではロンドン大学に所属する東洋アフリカ研究学院(SOAS:The School of Oriental and African Studies)が日本美術教育で有名だ。

ただ、いずれも現状では、日本美術を勉強した海外の研究者が教えていて、いわゆる教授職の日本人はいないのではないか。

こういった外国人研究者は、もちろん日本語も堪能で博識であり、日本人でなければ駄目だということなどないのだが、日本美術の機微を広く伝えていく上で、やはり私は日本から世界へ出て行く人材にも期待したいし、ほかの例えば科学分野での日本人プロフェッサーの活躍などを見ればなおさらだ。

その意味でも我が国独自の芸術の海外伝播において、岡倉天心が拓いた道の後を継ぐ人が必要と強く思う。

恥ずかしながら、私はクリスティーズの社員としてアメリカ赴任が決まったとき、自分がその一端を担いたいと思って渡米した。仕事を通じて、日本美術の魅力をより多くの外国の方々にわかってもらえたらと考えたのだが、当初、かくいう私自身も心のどこかに「外国人には日本美術の本当のよさはわからないのではないか」という思いがあった。

しかし、実際にはそれを深いところで理解する人々も少なからずいることを知ったし、外国人独特の感性での嗜好しこうが存在することも学んだ。

その経験からも、今後そうした伝播を担う優れた人材が、日本美術をさらに広めてくれることを期待して止まない。

日用品にも美術品に負けない美がある

「民藝運動」の中心人物であったやなぎ宗悦むねよし(1889~1961)も、今日の日本美術を考える上で重要な人物であろう。

民藝運動は、華美な装飾を施した作品よりも、日本各地の無名の職人の手による日常の生活道具である焼物や染織、漆器などに注目した。

茶わんなど日本の古い日用品
写真=iStock.com/Hekatoncareful
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それまでの美術史では評価が定まっていなかった、あるいは無視されていたこれらの工芸品を「民藝(民衆的工藝)」と名付け、美術品に負けない美しさがあると唱えたのである。

柳はこの民藝運動を通じて、美は生活の中にあると考え、手仕事の日用品の中に美意識を見出した。そう、「用」と「美」をつなげた人なのだ。