市場の変化を肌で感じられる
「日本市場の需要はもうほとんど伸びておらず、逆に急速に伸びているのがアジア。意思決定、情報収集という観点から見ても生産地であるシンガポールが最良だと決断しました」
こう語るのは三井化学のシンガポール現地法人、ミツイエラストマーズシンガポール社長、小守谷敦氏だ。移転したのは高機能樹脂、タフマー事業の本社機能部分である。米ダウ・ケミカルや米エクソンモービル・ケミカルと三つ巴の競争を繰り広げる中で、03年からシンガポールを生産拠点としてアジア中心に事業拡大してきたが、本社機能の部分は東京にあった。ダウとトップシェアを競うようになった今、前出の理由で11年4月、ついに事業部を丸ごと移転することになったのだ。
シンガポールは政府主導で石油化学産業を育成しており、法人税の免税など優遇策が手厚いことも決断の要因となった。
小守谷氏は「ステップ・バイ・ステップの流れで移転してきたので、社内に混乱はない」と話す。同社では複数の事業部をアジアに移転させていく意向だ。
小守谷氏は移転のメリットをこう語る。
「市場の変化を肌で感じられる点は大きいと思います。市場としての現場、製造拠点としての現場など、現場主義を貫けるのは、そこに自分がいるから。フェース・トゥ・フェースで会議をすることはやはり重要だと思います」
消費財メーカーに比べて市場の変化は著しくはないものの、素材であれ何であれ、ビジネスは川上から川下まですべてリンクしているので、市場に関する情報収集は欠かせないという。
ただし、リスクも伴う。小守谷氏は「グローバル化という名のもとに、日本企業として変える部分と変えない部分はどこか、事業ごとに分けて考えなければいけない問題。そうした企業としての総合的な戦略が描けなければ、躍進するアジアに事業を丸ごと移転しても、根なし草になってしまう」と警告する。
島国の日本が本格的にアジアに進出したとき、欧米や韓国勢、中国勢と比較して劣勢になることもあるからだ。そうしたとき、「競争力の源泉となるもの」(小守谷氏)があるかどうかがカギになってくるという。