土屋賢二

1944年、岡山県生まれ。哲学者。東京大学文学部哲学科卒業。同大学院博士課程退学。現在、お茶の水女子大学人文科学科教授。2002年から2年間、文教育学部長を務める。週刊文春に連載中のエッセー「ツチヤの口車」が大人気。哲学的考察に基づいた詭弁的論理にうっかりはまって、中毒になる読者が多い。「本業は棚直しだが、本業も副業もうまくいっていない。哲学、エッセーおよびピアノの資格も持っていない」。しかし、「人柄は温厚篤実な紳士で、芸術を愛する嘘つき」とは本人の言。


 

私は外食が好きである。当然、可能な限り外食をしたいと思っている。別に、高級なフランス料理が好きなわけでも、きれいなウエートレスを見に行きたいわけでもない(でも、きれいなウエートレスは好きである)。

実際、私がよく行く店は、どこにでもあるような定食屋さんが多い。酒も飲まない。著作のプロフィールに、「好きな食べ物はコカ・コーラとフルーツとチャーハン」と書かれているが、これは真実である。あえて言えば、最近はコカ・コーラよりペプシコーラを飲むほうが多いくらいだ。

なのに、なぜ外食が好きかというと、次のような理由による。

(1)「美味しい」とか、無理に言わなくてもいい。
  (2)まずければ、残せる。
  (3)新聞を読みながら食べても、文句を言われない。
  (4)食事の最中に、用事を言いつけられることがない。
  (5)食後のコーヒーをゆっくりと飲んでいられる。

以上のことが、家庭にいるとできない。私は妻を恐れているのだ(ちなみに『妻と罰』という著書もある)。

妻の怖さは、これまで数々のエッセーで書いてきた。今回、プレジデントの編集者から「あそこに書かれていることは本当ですか」と聞かれた。もちろん、違う。

本当の妻は、私が書いてきたものより、もっと恐ろしい。結婚して30年以上になるが、どうも変だなと気がついたのは5、6年前のことだ。「誕生花」というのがあって、365日それぞれに花が決まっている。妻の誕生花を調べてビックリした。なんと妻の誕生花は「虎の尾」という観葉植物だったのだ。

私だって「鬼百合」くらいは出るんじゃないかと思っていたが、「虎の尾」とは……。さすがの妻もこればかりは嫌がるんじゃないか、という私の甘い期待は見事に裏切られた。

妻は誕生花が「虎の尾」と聞いて、もの凄く喜んだのである。

エッセーを書くに当たって、妻に尋ねたことがある。夫を顎で使う横暴な妻と書いてほしいか、それとも夫を支える賢い妻がいいか。妻は即座に答えた。「横暴な妻がいい」。

つまり、妻は確信犯である。もう治る見込みはない。こういうことは、結婚前に教えてほしかった。

結婚前に教えてもらえなかった結果、私が得た結論は「家庭にいるときは、気を緩めてはいけない」というものだ。不用意に「虎の尾」を踏んだら大変なことになる。

家にいるときは、家にいるような気持ちになってはいけない。家から一歩外に出たらホッとするくらいにならないといけない。