「良いときも悪いときも、シッカリ今日1日を生きてやんなきゃな」
そして一通り話してくれた後、さっきより声のトーンを落として静かにこう話し出した。
「でもさ。それって、結局、普通の選手だよね。調子のいい時もあって調子の悪い時もある。それ、至って普通じゃねえかって(笑)。
神様にお願い事を聞いてもらったところで、ドラマチックな演出が必要になるなら、それ普段と同じだろうって。お願いしてない状態と変わんないよね(笑)」
いつもの「しょうがねえなぁ」という時の、大人の男の顔をして、こう締め括った。「結局さ、調子いい時も悪い時も、神頼みする前にシッカリ今日1日を生きてやんなきゃなってことだね」
理想の人生とは何だろう。こうしたい、こうなりたい。それが叶ったとして、100%の満足でも、わがままな人間はきっと飽きがくる。
であれば、神様に山あり谷ありの演出を望むかもしれない。最後はハッピーエンドを望むなら、結局、過去を悔やむより、未来を憂うより、今だけを必死に生きるしかない。
僕は苦しい時、武さんに聞いたこの話を思い出し「ま、とりあえず今日を生きてやんなきゃな」と自嘲気味に笑えるようになった。
彼が乗り移ったように「しょうがねえなぁー」と。
その後の人生の支えになった「あるのは『今』だけ」という考え
人生には「過去」も「未来」もない。あるのは「今」だけだ。結局、その日がよくても悪くても、今日という日を目一杯生きるしかない。それ以外方法はない。
最後、ご挨拶して退席する際、武さんがツツツとこちらに来てくれて、「また、ニューヨーク行った時は時間とってよ」と笑ってくれた。
幼少の頃からの憧れの人の社交辞令に、僕は「地球の裏で、武さんが来られる日までずっと待ち続けていますからっ!」と、マネージャーさんがのけぞるくらいの大声で叫んだ。あのシャイな感じで「まいったな」と背中越しに右手を上げてくれた。
帰り道、1時間前にキョロキョロしていたタレントクロークには、さらに多くの芸能人が増えていたけれど、一切目で追うことはなかった。
この取材以来、相手がハリウッドスターであれ、メジャーリーガーであれ、一切、緊張しなくなった。だって、あの武さんとふたりきりの部屋でインタビューさせてもらえたのだから。