被告たちの動機に同情が集まり始める
先の3省合同による事件概要にも、被告たちの動機として「近時我が国の情勢」が「あらゆる方面に行詰りを生じ」ており、その「根元は政党、財閥及び特権階級互に結託し、只私利私欲にのみ没頭し国防を軽視」したこと、などと被告の主張が要約掲載された。
こうした軍当局者の姿勢を受けて、軍人や在郷軍人の間には、直接行動は批判されるべきだが「犯行の動機及其純情」には同情せざるをえず、「為政者、財閥等」は「一大猛省を要す」といった反響が上がりはじめた。
軍を中心に始まった被告への同情論に、世論が強く反応するのは、事件の公判が開始された後のことであった。同年6月に血盟団事件、7月には陸軍・海軍の公判が始まり、被告らの主張が新聞メディアを中心に発信されたのである。
検察官も認めた「純真無垢なる殉国的精神」
陸軍・海軍の被告らは、特別に新調した軍服に身を包み、軍法会議に臨んだ。ここで注目したいのは、陸軍軍法会議である。ある新聞記者の傍聴記を以下に引こう。
陸軍側の軍法会議は一篇の脚本を読んで行くやうに、一回の危機も孕まず、一片の暗影も止めず、呆気ないほどスラスラと進行した。(中略)同じ事件の一翼ではあつても、海軍側が主役であり、陸軍側は従犯であつた関係もあるが、もつと重要なことは、七月十九日の歴史的な大論告に於いて、陸軍の匂坂(春平)検察官は、「被告等は当初より死を覚悟して居り、憂国の赤誠に燃えて一片の私心なく、その純真無垢なる殉国的精神より出でたることはこれを認める。」とハツキリ断定したことである。
若しもこの情状論の一節が欠けてゐたとしたら、陸軍の軍法会議もあれほどスラスラとは済まなかつたであらう。陸軍の検察官は極めて率直に、事件発生の本質に対して、鮮かにも「認」の太鼓判を捺したのである。
[三室葉介(読売新聞記者)「陸軍軍法会議を聴く」]
元陸軍士官候補生たちの裁かれる陸軍軍法会議では、判士(裁判員にあたる)や検察官に至るまで、裁判の関係者が被告に寄り添う態度を見せた。西村琢磨判士長(砲兵中佐)は初日の公判後、控室で被告に同情のあまり号泣したという。また匂坂検察官の態度は、上記の論告引用にも明らかである。