最初にどんな改善をするのか目標を立てて発表し、2カ月経った時に自分たちが成し遂げたことをプレゼンする。このプログラムは、ソナムさん独自の視点が活かされていた。

「私たちが狩猟民族だった頃も、1万年前に農耕を始めてからも、若者は常に目いっぱい体を動かして、さまざまな挑戦をしてきました。子どもたちは生きるための挑戦と対峙たいじするための活力で満たされています。ところが300年前に産業革命が起きてから、工場のような学校に送られて、6時間も座らされるようになって、自然が彼らに与えた活力は行き場を失った。そのエネルギーを、ベンチを壊したり、教師と戦ったり、両親に反抗したりすることで発散しているのです。だからこそ、私は若者に自然のなかで挑戦する環境を与え、それを教育の形にすべきだと考えています」

セクモルスクールの馬
撮影=齋藤陽道
セクモルスクールのキャンパスで飼われている馬。

「レスポンシビリティ」には、もうひとつの効果がある。

さまざまな体験を通して、子どもたちは読み書きとは別の自分が得意な作業や役割を発見するのだ。それは、将来の仕事につながる出会いになる。

学校で「思いやり」を育む理由

セクモルスクールが大切にしているのは、「3H」。これはHead、Hand、Heartの頭文字で、知性、スキル、そしてハート=思いやりを表す。学校で思いやりを育む理由について尋ねると、ソナムさんは「知性と技術だけでは、世界の幸せにつながらないからです」と答えた。

外壁に刻まれた3H
撮影=齋藤陽道
キャンパスのいたるところに「3H」と記されている。

「腕のいいスリは頭がよく、高いスキルを持っています。他人の痛みを感じる共感性を持ち、助け合って人々の問題を解決する優しい心を持っていなければ、世界は幸せな場所になりません。だからハートを育てなければいけないのです。例えば、レスポンシビリティ・プログラムは実際に手を動かしてスキルを磨き、協力し合って課題を改善することで、誰かのために行動する意味を知り、思いやりを身に付けるのです」

ソナムさんは自ら率先して、自身の知性とスキルを地域の課題解決に活かしてきた。代表的なものが、「アイスストゥーパ」だ。

ラダックの住民たちの主な水源は、ヒマラヤの氷河。しかし、気候変動によって氷河が溶け始め、ライフラインが脅かされている。そこで、ソナムさんは「人工氷河を作ろう」と考えた。