ソナムさんの話を聞いた関係者は、「カリキュラムは州政府が決めたことで、システムや言語を変えることはできない」と首を横に振った。

そこからが、勝負だった。ソナムさんたちは地方自治体に「1校だけでも実験させてほしい」とかけあい、粘り強く交渉を重ねて許可を得た。

そこで、ラダック人に馴染みやすい内容にしたラダック語の教科書を作るところからスタート。授業も、ソナムさんが学校に通い始める前、母親や村人から「体験」を通してさまざまなことを習ったように、遊びながら実験する「感じる学び」を中心に据え、画家や歌手を学校に招いた。

ラダックを変えた「Operation New Hope」

これまでにない学習をリードする教師たちの育成にも着手。また、村人による教育委員会を設立して学校に対してオーナーシップを持つように促し、子どもたちに農業を教えてもらった。そうすることで、村人も学校の一部になっていった。

一連の取り組みによって全国共通テストの合格率が上がるとこの改革は大きな注目を集め、ソナムさんたちが「学校を変えたい人は手を上げてください」とアナウンスしたところ、広大なラダックから33の公立校が名乗り出た。

たった一校から始まった革命はこれをきっかけに大きなうねりになり、1994年、ラダックの公立学校の初等教育システムを一新するために「Operation New Hope」と名付けられたプロジェクトがスタート。学校の教科書を一新し、10日間の集中宿泊コースで700人以上の教師、教育関係者、行政官をトレーニング。村ごとに教育委員会を組織し、約1000人のメンバーに、学校のあり方や自分たちの権利について説いた。

こうして変革の波はラダックに伝播していき、5%だった全国共通テストの合格率は右肩上がりに上昇し、2015年には75%に達した。そのすべてのきっかけになったのが、ソナムさん率いるセクモルの活動なのだ。

「落ちこぼれのための学校」を設立

セクモルを組織してから10年後の1998年、ソナムさんたちの尽力で全国共通テストの合格率がグングン上昇し始めた頃、フェイに「セクモル オルタナティブスクール」を開いた。この学校を作ったのは、落第する子どもたちを見捨てないためだ。

「合格率を伸ばすのは行政に任せ、私たちは10年生の試験で落第してしまった子どもたちのケアに集中しようと考えました。今でも25%の子どもたちが落第していますが、彼らも大切な存在であることに変わりありません。この学校にいる40人の生徒の多くは、ここに来る以外にほかの選択肢がない子どもたちです」

「落ちこぼれのための学校」は、エンジニアとしてのソナムさんの知識と知恵が活かされた設計、カリキュラムで、唯一無二の存在になっている。