人間の苦痛の限界は広がっている

テクノロジーによって、人間の苦痛の限界は広げられてきた。

2015年7月12日、ウルトラマラソンのスコット・ジュレックがアパラチアン・トレイル走破のスピード記録を更新した。彼はジョージア州からメイン州まで(3523kmを)46日と8時間7分で走った。この偉業を達成するのに、彼は次のようなテクノロジーやデバイスを使った。

軽量で防水・耐熱性のあるウェア、エア・メッシュのランニング・シューズ、GPSの衛星追跡装置、GPS腕時計、iPhone、水分補給装置、携行補水塩タブレット、アルミ製折りたたみ式ストック、霧吹き状工業用水噴霧器、体の芯を冷やす冷却器、1日に6000~7000kcal摂れる食品、妻とスタッフが運転するサポートバンの上につけたソーラーパネルで動く空気圧縮式脚マッサージ機。

2017年11月、ルイス・ピューは南極付近のマイナス3℃の海を水着だけで1km泳いだ。そこに至るまでには、ピューの母国である南アフリカからイギリスの離島であるサウスジョージアまで飛行機と海路で移動する必要があった。泳ぎ終わったピューは、素早くサポート班によって近くの船に乗せられ、用意されたお湯に入り、その後50分間、体幹温度が正常に戻るまでその状態で過ごした。このようなサポートがなければ彼は間違いなく死んでいただろう。

アレックス・オーノルドのエル・キャピタン登頂は、テクノロジーなしで人間がやり遂げた究極的偉業のように見えるかもしれない。ロープなし。装置なし。重力に抗うたった一人の人間の、死をも恐れぬ勇気と卓越した技の表出であると。しかし、オーノルドの偉業は「ロープにつないで、岩の部分部分でどう動くべきかという正確な動きが決まるまで、何百時間とリハーサルを行い、何千という複雑な手と足の動きの順序を体に叩き込まなくては」不可能だっただろう。

どんな行動にも依存症になる可能性がある

オーノルドが登っている様子はプロの映画スタッフによって撮影され、映画化され、何百万という人が見ることになった。SNSに莫大ばくだいな数のフォロワーが集まり、彼は世界的な名声を得た。裕福な人、著名人というのはドーパミン経済の生み出すもう一つの産物だが、エクストリーム・スポーツの依存性を高めることにもつながっている。

「オーバートレーニング症候群」という耐久スポーツのアスリートの中ではよく言われるが、あまり理解されていない現象がある。あまりにトレーニングをしすぎ、それまでたっぷり出ていたエンドルフィンがもはや出ない地点に達することを言う。運動はむしろ、燃え尽きた感覚や気分不調を残すのみになる。私の患者のクリスがオピオイドで経験したようにまるで報酬回路のシーソーが限界に達し、動かなくなってしまったような状態だ。

エクストリーム・スポーツや耐久スポーツをやっている人は皆依存症だと言っているわけではない。そうではなく、どんな物質、どんな行動にも依存症になる可能性はあり、そのリスクは得られる効果が強ければ強いほど、量や持続時間が増えれば増えるほど上がるということを言いたかっただけだ。シーソーを苦痛の側にあまりにも強く、長く押しつけた人たちもまた、ドーパミン欠乏状態に長く陥ることになってしまうのである。