古代の中国人は毎月の給料で何を買っていたのか?
――一般の人がイメージする中国の古代史は、まず始皇帝や項羽と劉邦・諸葛孔明などの英雄たちが活躍する時代。もしくは、孔子や諸子百家が活躍した思想の時代でしょう。その日常を描こうと考えられたのは、どういった経緯からでしょうか。
【柿沼陽平(早稲田大学文学学術院教授)】もともと中国史を学びたくて大学に行ったのですが、学部時代にイギリスのバーミンガム大学に留学してカルチュラル・スタディーズ(学際的な手法によって現代文化を研究する学問)を学びました。そのときに、現代を生きる私たちの人生を左右する貨幣経済のメカニズムに興味を抱き、帰国後は大学院で中国古代貨幣史の研究をおこなうことにしました。
古代中国人の給料を調べ、手にしたお金を使って、人びとが市場で何を買っているかを調べはじめ……。そんなときに、ちょうどアルベルト・アンジェラの『古代ローマ人の24時間』を読みました。
――『古代ローマ人の24時間』はローマ人の1日を再現した書籍ですね。刊行は2007年(邦訳は2010年)なので、古代ローマ人が現代日本の銭湯にタイムスリップする阿部寛主演のコメディ映画『テルマエ・ロマエ』(同名の原作漫画は2008~13年刊行)の時代考証の元ネタのひとつになった可能性も高い。
【柿沼】非常に面白い本なんです。ただ、ガーンと打ちのめされた思いのほうが強かった。十数年前の当時は、これと同じことを中国史でやれるとは思えなくて。ただ、日常史への関心はそれによってさらに高まりました。
よく考えてみれば、僕は大学院まで行って中国古代史を学んだのに、当時の人が朝の何時に起きていたか、どんなふうにトイレを使っていたのかすら知らなかった。そこで調べてみたら大変面白く、胸躍るものがあった。帝京大学や立教大学などの授業で紹介したところ、受講者が200人くらい安定して集まるくらい人気の講義になりました。そこからさらに研究を進めて本書に至りました。