訪朝を重ねつづけた信念

北朝鮮との関係でも猪木氏は自らが捨て石になって関係改善をしたいと思っていました。猪木氏だって、北朝鮮の全体主義体制は嫌いです。しかし、「お前たちは嫌な奴らだ」と対話の窓を閉ざしてしまうと、拉致問題の解決も、北朝鮮による核開発に歯止めをかけることができません。

「日本政府には立場があって身動きできないならば、オレが金正恩の懐に飛び込んで何とか誠実に対話ができる回路を作りたい」と猪木氏は私に述べていました。

2013年12月5日夜、私は猪木氏と会いました。ちょうど韓国発で張成沢(金正恩第1書記の叔父)の側近2人が処刑され、本人も失脚したとの報道が流れたときです。猪木氏は北朝鮮から帰ってきたばかりでした。

日本政府はもっと猪木氏を活用すべきだった

私が「張成沢との会談で何か気になることがありましたか」と尋ねると、猪木氏は、少し考えた後、「そういえば、張成沢は『この困難な時期に、わが国を訪問された勇気を讃えたい。あなたの正しさは歴史が証明するでしょう』と言っていた」とつぶやきました。

アントニオ猪木『闘魂外交』(プレジデント社)
アントニオ猪木『闘魂外交』(プレジデント社)

「歴史が証明する」とは、独裁体制下で政争に敗れた者が最後に語る言葉です。張成沢は、猪木氏に「自分は近く失脚するが、私が正しいことは歴史が証明する」との想いを伝えたのだと思います。日本政府は、猪木氏が持つ北朝鮮の人脈と情報をもっと活用すべきだったと思います。

猪木氏は自己顕示欲が稀薄で、国家と国民のために自分しかできない仕事があるという意識を強く持ち、黒衣に徹することができる人でした。日本政府が立場に縛られて信頼関係を構築することが難しい国家を相手の懐に飛び込むことで日本の国益に貢献したいというのが猪木氏の闘魂外交でした。

猪木寛至先生、どうもありがとうございます。天国でゆっくり休んでください。

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