ここ数年、230年の名門企業が選んだのは、大幅な「グローバル化」への道だ。そのため、幹部を外資から一本釣りし、無借金経営からの脱却も決めた。タケダから「真のグローバル人材」は輩出されるか、壮大な実験が始まった。
創業を天明元年、1781年にまでさかのぼる武田薬品工業(以下、タケダ)。
「本当の意味でのグローバル企業になりたい」
経済同友会代表幹事にして、同社を率いる長谷川閑史社長は、強い思いで、タケダを大きく変えようとしている。
2012年から、MR(医療情報担当者)職と工場の現場職を除く新卒者には、TOEIC730点を採用基準の最低点と定めた。さらに、11年度からは早稲田大学に「寄附講座」を設けて、長谷川自ら英語で、“タケダはグローバル企業になる”と日本人学生、留学生に投げかける。11年末には、アジアのエリート校の学生を日本に招聘し、「医薬品業界」をゲーム形式にして、学生たちに同業界への理解と関心を持ってもらう試みにも挑戦している。長谷川が自らの思いを語る。
「企業がどんな人材を求めているかを理解してほしいのです。これからの日本企業は海外で稼がないといけない。だから英語なんて当然必須なんですよ」
長谷川が、最後の創業家社長と自ら宣言した武田國男の後、社長に就任したのは2003年。社長在任期間は、2012年で9年目となる。就任当時の長谷川は、目立つ存在ではなく、むしろ会長である武田國男の黒子に徹していた。
「自身の存在が、メディアに取り上げられるようになったきっかけは何ですか」
「2兆円を使った男といわれます」
長谷川は、苦笑交じりにこう話す。しかしながら、タケダが、巨額なM&Aに動き出したのは最近のことだ。国内では05年、藤沢薬品工業と山之内製薬とが合併し「アステラス製薬」が誕生、07年には第一製薬と三共との合併で「第一三共」が誕生し、再編が一気に進んだ。
その後、国内メーカーによる海外メーカー買収が加速化する。07年には、エーザイが米国「MGIファーマ」を買収し、08年には、第一三共がインドのジェネリック大手「ランバクシー・ラボラトリーズ」を買収するなど、再編や買収が繰り返された。だが、各社の動きを眺めながらも、タケダは動かなかった。長谷川にいわせれば「動かなかったのではなく、動けなかった」ということか。