冒頭に、シジュウカラはコガラの言葉も理解すると記した。コガラ語の研究もしている鈴木によると、シジュウカラに比べてコガラ語のバリエーションは少ないながら、「ディディディ」は「集まれ」、「ヒヒヒ」は「タカ」などの異音同義語があり、シジュウカラはその言葉にも瞬時に反応する。
それでは、ルー語のようにシジュウカラ語とコガラ語を組み合わせた時、どうなるか? 鈴木は、「警戒せよ、集まれ」を意味するシジュウカラ語の「ピーツピッ、ヂヂヂヂッ」の音声を、「ピーツピッ、ディディディ」に変えて聞かせてみた。
そうすると、シジュウカラは警戒しながら集まってきた。自分たちの言葉とコガラ語が混ざっても、しっかり理解していることがわかる。
シジュウカラ語の文法の存在を解き明かす
ところが、「ディディディ、ピーツピッ」と順番を入れ替えると、反応を示さなかった。この実験から推測されるのは、どういうことなのか?
「恐らくシジュウカラの頭のなかには、『警戒』が先、『集まる』が後みたいな文法のルールがあるんです。その文法に当てはめることで、彼らにとって外国語にあたるコガラ語も含めて、柔軟に鳴き声を組み合わせてコミュニケーションを取っているんだと思います」
ちなみに、鈴木はルー大柴が好きで、YouTubeをよく観ていたこともあり、ある日突然、ルー語を応用するというアイデアが舞い降りたそう。この実験はそれほど時間がかからず、2017年に論文が発表され、話題を呼んだ。
ニュートンは家の庭でリンゴの木からリンゴが落ちるのを見て「万有引力の法則」を思いついたとされる。同様に、ルー大柴というひとりの芸人の存在が、シジュウカラ語の文法の存在を解き明かすカギになったのだから、どこに世紀の発見のヒントが隠されているのか、わからない。
「言葉は人間だけのものではない」
1年の大半を軽井沢の森のなかで過ごす鈴木だが、所属先は転々としてきた。日本学術振興会の特別研究員を3年で離任した後、京都大学生態学研究センター機関研究員(2年)、総合研究大学院大学特別研究員(4カ月)、東京大学教養学部学際科学科助教(1年)を経て、2019年から京都大学白眉センター特定助教を務める。
周囲からは「東大の先生になって辞めるやつはいないぞ」と何度も言われたという。しかし、5年の任期ながら自由に研究ができる今の立場になんの不満も感じていない。
「僕は本に書いてあることから仮説をひねり出すんじゃなくて、観察から見つけていくから、ネタが尽きないんです。ひとつの言葉がわかるだけで発見があって、論文にするとまた発見がある。そうやって、どんどん新しい疑問が湧いてくるんですよ。だから、職業的な安定よりも研究を進めるためにベストの道を選ぼうと思ったんですよね」