ロシアはウクライナ侵攻を正当化するため、ツイッターで情報発信を続けている。在日ロシア大使館は「もっとも影響力のある公式アカウント」の一つだ。なぜロシアはウソの情報を拡散し続けるのか。毎日新聞取材班の書籍『オシント新時代 ルポ・情報戦争』(毎日新聞出版)からお届けする――。(第1回)
ロシア建国1160周年を祝うイベントで演説するプーチン大統領=2022年9月21日
写真=SPUTNIK/時事通信フォト
ロシア建国1160周年を祝うイベントで演説するプーチン大統領=2022年9月21日

侵攻の口実をSNSで作り出すロシアの手口

ベリングキャットは、2014年のクリミア危機から続くロシアと西側諸国の情報戦において、大きな役割を果たしてきた。ここでは、2022年のウクライナ侵攻をめぐる彼らの成果の一つとして、ロシアによる「偽旗作戦」の検証を挙げておきたい。

偽旗作戦とは、侵攻の口実を作るために敵が攻撃したと見せかける秘密作戦を指す。

ロシア軍の侵攻開始からさかのぼること1週間前。ウクライナ東部ドネツク州の一部を実効支配する親露派武装勢力は、ウクライナの工作員が2月18日に下水処理施設の爆破を試みたと主張する動画をロシア発の通信アプリ「テレグラム」で発表した。

武装勢力は攻撃を未然に防ぎ、工作員が着ていた防弾ベストに取り付けられたカメラから動画を回収したと説明していた。ロシア国営タス通信もこれを引用する形で報じた。薄暗い森の中での銃撃戦とおぼしき状況に始まる1分半の動画は、カメラを取り付けたとみられる人物が倒れ込み、ヘルメット姿の兵士が近づいてくる場面で終わる。

一見すると、親露派勢力の発表に沿う内容と受け止められそうなものだが、オシントの手法を使いこなす専門家やアマチュアが集まるSNSのコミュニティーでは、公開直後から信ぴょう性に疑義が集まった。

ベリングキャットがメタデータと呼ばれる動画の付帯情報を調べたところ、動画は10日前に作成されたものだと判明した。さらに同じ動画の編集過程で、10年以上前にユーチューブに投稿されたフィンランドの軍事演習の爆発音が重ねられていたこともわかった。

ベリングキャットは、この事例を含めてロシア側が発信した「偽旗作戦」の疑いがある事例をリスト化し、分析の根拠と共に公開した。

戦車や大砲よりも重視される情報戦

ヒギンズさんは、ベリングキャットなど非国家主体によるオシント分析の発信が侵攻の抑止につながったかは「定かではない」としながらも、次のように強調する。

「今回の戦争にまつわる西側メディアのナラティブに大きな影響を与えたのは間違いありません。侵攻に至るまでの間にロシアと親ロシア勢力が制作した捏造映像をタイムリーに暴露したことでロシアの描くナラティブを潰すことができました」