顧客を恫喝してでもきっちりと債権回収する

「ふざけんなよコイツ!」。彼の口癖だ。返済が滞っているお客の資料を見ながらつぶやく。返済できない客を心の底から憎んでいるように見えた。

「こいつの会社、ウチから2億借りて滞納してんのに、豪邸に住み続けてるんだぜ。ふざけんなよコイツ」

10人規模のデザイン会社で、経営状態が悪化し、メインバンクであるF銀行への返済が行き詰まっていた。夏久君は「豪邸」というが、JRの駅から徒歩で15分の3階建ての家、分不相応とも思えない。この会社の社長には小学生と中学生の子どもが一人ずついた。

「夏久君、子どもの教育費だってかかる時期だろう。たとえば返済額を下げて、まず会社の業績を立て直す手伝いをしてやれないのかな」

「こいつが蒔いた種だよ。身の丈も知らねーくせに借金するのが悪いんだよ」

夏久君の回収はゲーム感覚だ。返済予定日でなくても、貸した融資が焦げ付きそうな兆候があると、金利をいきなり上げるなど嫌がらせをして回収に走る。

泣いている奥さんの目の前で主人を恫喝どうかつし、金目のモノを見つけ、現金化させ、返済させたこともあるし、娘さんのピアノを売って返済しろと電話で怒鳴ったこともあるという。彼は自慢気に話してくれた。

指を突き出して怒鳴る人
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日陰者から一転して花形に

夏久君は「嫌われ役に徹する自分」に酔っているようにさえ見えた。夏久君にも妻と子どもがいた。見栄っ張りな彼は、同期の誰よりも早く家を買い、子どもを一流幼稚園に通わせていた。

融資先の業績が芳しくなくなると、銀行は融資取引の状況を確認して、担保を処分する。不動産を担保としていたら、それを売却したらいくら換金できるか、融資を回収できるかを判断する。

「回収不能」と判断された場合は、貸倒引当金という勘定処理をして、その期に損失として計上する。バブル後の数年間、この金額が法外となり、銀行の経営状況はひっ迫した。

とはいえ、銀行は社会インフラを担う企業だから、むやみに潰せない。そこで救済のため、政府主導で公的資金が注入された。このような状況下、回収不能とされた計上から1円でも回収できた分はそのまま銀行の利益になった。

夏久君たちの回収課は、そうした時代状況を背景に活躍し、銀行に巨額の利益をもたらしていた。日陰者だった回収係は一転して花形になっていた。弱みにつけ込み、ひたすら返済を強要する押しの強さが評価された時代だった。

例のデザイン会社について、夏久君は県内の別の企業に強引に事業を譲渡させ、M&Aのコンサルティング手数料を取ったうえにM銀行の貸出残高もすべて回収していた。