言葉を発さず好意を示し、言葉で信頼に変える

もちろん、ことを急ごうものならシーガルは警戒し、こちらと接触しまいとするだろう。この危険を回避するには、シーガルへの接近をうまく演出し、初対面の相手と親しくなるステップを踏まねばならない。

その第一のステップは「ひと言も言葉をかわさずに好意をもってもらう」ことであり、第二のステップは「その好意を適切な言葉で揺るがぬ信頼へと変える」ことだった。

シーガルと最初に言葉をかわすという、計画全体のカギを握る重要な「出会いの場」を設けるのに、数カ月間の準備を要した。まずは見張りによって彼の日常の行動を把握した。

すると、シーガルが週に一度、大使館の建物から2ブロックほどのところにある食料品店に歩いて買い物に行くことがわかった。そこでチャールズは、大使館から食料品店までの路上に、毎回場所を変えて立つよう命じられた。

ただし、けっしてシーガルに近づいてはならないし、彼をおびやかすような行動をとってはならない。ただ路上に立ち、シーガルに姿を見られるようにしろ、と指示されたのである。

母国で諜報員の訓練を受けていたシーガルは、ほどなくFBI捜査官らしき人物の存在に気づいた。当然の話だ。チャールズはこれ見よがしに路上に立っていたのだから。

とはいえ、相手がなんの行動も起こしてこないうえ、こちらに話しかけてくることもなかったので、シーガルはなんの脅威も感じなかった。そして、食料品店までの道すがら、このアメリカ人を見かけることに慣れていった。

近距離に居合わせる経験を数週間続けた後、シーガルはそのアメリカの諜報員らしき男とついに視線をあわせた。チャールズは軽く会釈し、シーガルを認識していることを態度で示したものの、それ以上の関心は示さなかった。

屋外でバッグとスマートフォンを持ったビジネスマン
写真=iStock.com/skyNext
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親しみを感じている合図

それからまた数週間、同じことを繰り返した結果、チャールズは言葉を使わずに態度やしぐさだけでシーガルとの交流を深めていった。

アイコンタクトをする、眉尻を上げる、頭を傾ける、わずかに会釈する。これらはどれも脳が「親しみを感じている合図」と解釈することが科学的に論証されているしぐさだ。

2カ月後、チャールズは次の段階を踏んだ。シーガルのあとを追い、彼が通っている食料品店に入っていったのである。とはいえ、シーガルとは距離を置き、近づこうとはしない。

その後も、シーガルが食料品店に入るたびに、チャールズも後から入店した。そして通路でシーガルとすれ違ったり、視線をあわせる時間を長くしたりした。