教養はすぐに役に立つものではない。ところが、即効性のある「ファスト教養」を求める人たちが増えている。ライター・ブロガーのレジーさんは「残念なことに、ビジネスマンにとっての教養は『ビジネスシーンで話を合わせるためのツール』になってしまっている。それは教養ではないし、役に立つこともないだろう」という――。

※本稿は、レジー『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』(集英社新書)の一部を再編集したものです。

本の間で光る電球
写真=iStock.com/Kriangsak Koopattanakij
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即効性を求められる「ファスト教養」

教養という元来その定義のあいまいな概念が、社会の流れの中で「周りを出し抜いてうまくお金儲けをする」ためのツールとして転用される。そんな状況を「ファスト教養」と名付けた。

ファストという名前のとおり、ファスト教養に求められているのは即効性である。今この瞬間にうまく立ち回りたい。そのために必要なネタが欲しい。なぜなら金儲け、すなわちビジネスにはスピードが大事だから。時間もコストと捉えると、すぐ使えれば使えるほどコスパが良いとも言える。

先年私が慶応義塾長在任中、今日の同大学工学部が始めて藤原工業大学として創立せられ、私は一時その学長を兼任したことがある。時の学部長は工学博士谷村豊太郎氏であったが、識見ある同氏は、よく世間の実業家方面から申し出される、すぐ役に立つ人間を造ってもらいたいという註文に対し、すぐ役に立つ人間はすぐ役に立たなくなる人間だ、と応酬して、同大学において基本的理論をしっかり教え込む方針を確立した。(小泉信三『読書論』)

かつて慶応義塾の塾長を務めた小泉信三は1950年に出版した自著でこんなエピソードを引きつつ、続けて「すぐ役に立つ人間はすぐ役に立たなくなるとは至言である。同様の意味において、すぐ役に立つ本はすぐ役に立たなくなる本であるといえる」と述べている。

70年以上前に示されたこの考え方は、情報が流通してから忘れられるまでのスピードがますます加速している今の時代にこそ重要度を増していると言えるだろう。