私が「単なる鉄の棒」に十数万円を出したワケ

ところで私は『スター・ウォーズ』の大ファンで、オフィスには「ライトセーバー」が何本もある。ライトセーバーとは、『スター・ウォーズ』の主人公たちが用いる武器のことである。もちろんレプリカではあるが、非常に精巧にできている。価格はものによって異なるがおおむね十数万円だ。

しかし、『スター・ウォーズ』にまったく関心のない人にとっては、これは単なる鉄の棒だ。これを5万円に値引きしたところでほしくなるとは思えないし、タダであげると言っても、「邪魔だからいらない」と断る人もいるだろう。

しかし、私にとって十数万円は適正価格である。さらに、ここに『スター・ウォーズ』出演者のサインなどでも入っていたら、もっと高くても適正価格だ。

ちなみに私は、『スター・ウォーズ』のイラストの入った湯呑みも持っている。『スター・ウォーズ』のキャラクターが湯呑みを使うわけもないのだが、これもつい買ってしまった。価格は忘れてしまったが、数百円ではすまなかったように思う。

おそらく湯呑み自体は、100円ショップでも買えるだろう。しかし私にとってはやはり、適正価格なのである。

客にとって重要なのは原価ではなく“意味合い”

さて、ここであなたに問いたいことがある。この『スター・ウォーズ』グッズを作って売った会社は、果たして「原価」から算出して、価格を決定していただろうか。

もちろん、ルーカスフィルムにいくばくかのロイヤリティを支払うため、最低このくらいの価格を、という基準はあったかもしれない。しかし原価だけでいえば、ライトセーバーはどれくらいだろうか? 価格に対して極めて低いに違いない。湯呑みとなれば数百円か、もっと安いかもしれない。

しかし、それに対して「原価が安いのに、こんなに高いのはおかしい」と言ってくる人はいない。それは、モノとしての「鉄の棒」や「湯呑み」を買っているわけではないからだ。意味合い消費としての「スター・ウォーズの世界観を身近に置く価値」を買っているからだ。

つまり、言いたいのは「値付けにおいて、原価から考える必要はない」ということだ。たとえ原価がものすごく安くても、お客さんにとって十二分の価値があれば、常識外れな売価を付けて構わないということだ。たとえ原価が100円くらいだったとしても、「お客さんにとってそれだけの価値がある」と考えれば、1000円くらいの値付けをしても構わない。それは誰にとって構わないのかと言えば「お客さんにとって構わない」のだ。