コロナとの戦いはいつまで続くのか。漫画家のヤマザキマリさんは「巷では『疫病との戦い』『コロナに打ち勝つ』などと語られがちだが、ウイルスに対して戦争を仕掛けて勝つことなどできない。私たちは勝敗や優劣といったスタンダードから自由になったほうがいい」という――。

※本稿は、ヤマザキマリ『歩きながら考える』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

ステイホームでカブトムシの飼育を始めた

仕事がリモートワークになり、通勤などの移動がなくなって時間に余裕ができた。そんなライフスタイルの変化を経験した人も多かったと思います。私も移動がなくなったことで、この数年間でいつになく集中できたことがあります。

昆虫の飼育です。

私は子どもの頃から昆虫が大好きでした。家に帰っても親がいるわけではないので、寂しさ紛れに昆虫にシンパシーを抱くようになったのですが、大人になってもそれは変わらず、仕事の取材などで自然に囲まれた場所に行くと、無意識のうちにそばの草むらや木々に昆虫を探してしまう癖があります。女性には昆虫が苦手という人が多いようですが、私は大きな芋虫や毛虫を素手で掴むことにもまったく抵抗はありません。

そんな私のもとで、このパンデミックの時期にカブトムシが大量に繁殖しました。私が昆虫好きだということを知った友人がペアを贈ってくれたのが事の発端です。

カブトムシ
写真=iStock.com/Sergio Yoneda
※写真はイメージです

ペアだと思って飼育し始めてみると、土のなかからメスがもう1匹現れました。オス1匹にメス2匹で、オスは「シゲル」、メスには「ヨシコ」と「フミヨ」と名付け、毎日彼らの行動を観察していました。本来、自然のなかで生きているものを家で飼うのですから、こちらとしてもその生命に責任をもつのは当然のことです。毎日の餌の管理から、寝床となる土の入れ替えなど、随分といろいろな世話に精を出しました。

気づけば50匹の幼虫が産まれていた

そうこうしているうちの、ある暑い夏の日のこと。土を替えようとしたら、中からたくさん小さな卵が現れました。数えてみたら、50個以上。そう、シゲルがヨシコとフミヨに産ませたのです。どちらが本妻でどちらが愛人なのか、その関係性はわかりませんが、シゲルは絶倫カブトムシだったのです。

せっかく生み落とされた卵を捨てるわけにはいきません。飼育容器を整えて土を入れ、引き続き世話をしながら様子を見ていたら、一つ残らず孵化に成功。すべての卵が幼虫になりました。どうしたものかと思いつつも、餌用に腐葉土をせっせと補充していたら、日に日に大きく成長し、蛹になって、ついには全員羽化を果たしました。

土の表面の何箇所もから、羽化したカブトムシのオスの角が植物の芽が生えるように突き出しているなと思って見ていたら、翌朝には土が穴だらけになっていた。容器の蓋を少し開けていたからですが、成虫になったカブトムシがその隙間から飛び立ってしまっていたのです。

その後に羽化した成虫たちは手元に置くようにしたのですが、先発隊の皆さんはおそらく我が家の向かい側にある渓谷の森のほうへ飛んでいったようです。森にはカラスが多いので、おそらくその犠牲になってしまったものもいるかもしれません。近所で虫網とカブトムシの入った虫かごをもった子どもとすれ違う度、ああもしやあれはシゲルの子孫ではと思うこともありました。