例えば、「ものづくりの経営学」で知られる藤本隆宏さん(前にも書きましたが、この人はとてつもない経営学者)がアメリカでの大学院生活を終えて日本に帰ってきたころ、吉原先生は「今度出てきた藤本さんっていう人、あれは格が違うね。なぜかというと…」と話してくれた。もちろん藤本さんの博士論文をベースにしたデビュー作はだれが見ても一流の傑作であった。しかし、吉原先生のコメントを聞くまでは、僕はその凄さの本質に気づいていなかった。先生から凄い研究の凄さとは何かを教えてもらったわけである。

「価値づくりの経営」をテーマに旺盛な研究をしている延岡健太郎さんが大学院生のころ、ある国際コンファレンスで発表した。そこにいらした吉原先生は「あれはイイ!なぜかというと、世の中にとって重要なことをしているから」とたちどころに高く評価していた。「重要なことをしている」というのは当たり前の褒め言葉に聞こえるかもしれない。しかし、学者同士の研究発表の場では、とくに発表者が大学院生のような若手の場合は、概念や仮説を構成している論理の正確さ、実証研究の方法の妥当性といったことばかりが注目されがちで、テーマそのものが世の中にとって重要かどうかはわりと見過ごされがちなのだ。先生の目利きのセンスに惚れ込んだ僕は、機会があれば先生の近くに陣取って話を聞くようにしていた。

自分の研究発表に対する吉原先生のコメントはもちろん貴重であった。先生はわりと気さくな方で、当時の僕のような超目下のチンピラ(いまでもそうですが)に対しても、ここがよくない、ここが足りない、でもこの辺は脈がある…と研究発表の後で必ずスパスパスパっと30秒ぐらいで的確なコメントをしてくれる。僕が何か返事をしようとすると、じゃ…という感じですーっと去っていってしまう。いつぞやは僕の仕事場にわざわざいらして、唐突に「キミはこういうところがダメだ。このまま行くとダメになる」とわりと本質的な批判をして、すーっと帰って行ってしまう。この唐突さと言いっぱなしがイイ感じで、しかもその批判が自分でもよどみなく腑に落ちまくりやがるものであり、改めてこの人の眼力はすごいな、親切な先生だなとシビれたものである。