持続的競争優位の根幹を支える最強論理「バカなる」

「バカなる」の本は以前から持っていたし、パラパラと読んでもいた。しかし、わりと軽めの「ビジネス書」という仕立ての本ということもあり、うかつにも論理の面白さ、深さを不覚にもやりすごしていた。人を食ったようなタイトルは、成功している企業の多くが、一見して非常識(=バカな)だが、よくよくみると合理的(=なるほど)な戦略を実行しているという意味合いである。競合他社にとって非合理に映る要素が含まれている戦略であれば、やろうとする企業がなかなか出てこないのも自然である。「理にかなわないこと」であれば周りの人もすぐには真似しない。「他社と違った良いこと」が維持される。つまり競争優位が持続する。かいつまんで言えばこれが「バカなる」の論理である。「バカなる」のほうが従来の模倣障壁の理屈よりも、戦略をつくる人にとってよほど自由でワクワクする論理ではないか。

『バカなる』には大小さまざまな28企業の成功事例が入っている。それぞれに面白い。ただし不満な点もある。吉原先生は「バカなる」の「バカ」が「なる」に転化するロジックについてはそれほど突っ込んだ議論をしていない(というか、そもそもこの本は「バカなる」視点から集めた事例集として編まれているので、詳細な論理展開をするスタンスをとっていない)。それぞれの事例で「バカ」が「なる」に転化するロジックは微妙に異なるように思えるが、吉原先生は暗黙の裡に「先見の明」という論理に依拠しているというのが僕の理解だ。

ある人が何かを始めた。その時点では「バカ」なことに見える。しかしその人には先見の明があった。5年経ってみると、その人に時代が遅ればせながら追いついてきた。振り返ってみると、「あの人には先見の明があった」。初期の時点では競合他社は「バカ」なことをしようとは思わない。違いがつくれる。しかも、先見の明のあるその人が本格的にパフォーマンスを叩き出すようになるまで、だれも真似をしない。「自分がやっているのに、他の人はやっていない」という状態が一定期間続く。多くの人が「先見の明」に気づくときには、その人はすでに先行者優位(first mover's advantage)を構築してしまっている。「合理性の時間差攻撃」といってもよい。

しかし、もし「バカなる」がこの種の時間差攻撃に基づいているのであれば、僕にとっては物足りない。もちろんこれで成功している企業は多い。例えば、孫正義さんなどは先見の明の王様かもしれない。しかし、先見の明といってしまえば、戦略は限りなくギャンブルに近づく。先見の明で成功した人一人の背後には死屍累々というのが普通である。これでは戦略をつくる人にとっての論理としては頼りない。