帰国は来年の予定だった
ただ、岸本さんはもともと、2023年には日本に戻ってくるつもりでいた。「欧州で、もうやれることはやったという思いがあったんです。上の息子は大学生で、既に家を離れているので、2023年に下の息子が高校に入学する16歳になったら、私は日本に帰って地方自治や地域活動に携わりたいと思っていました。『お互い、休みのときに行ったり来たりできればいいよね』と、既に家族とも話し合って納得済みでした。ただ、今はコロナ禍の影響もあって、簡単に行ったり来たりができません。下の息子もまだ15歳ですし、随分悩みました」
しかし最終的には、地域の人たちの声に心を動かされた。「私が欧州で強い関心を寄せて研究していた、『地方自治から民主主義を取り戻す』という活動と、杉並区の取り組みに、多くの共通点を見たんです」。岸本さんは、住民が政治のオーナーシップを持って民主主義を問い直そうとしているのを、杉並の運動から感じたという。
「私の経験が杉並区の取り組みを後押しできるかもしれない。そう思って出馬を決意しました」
「票ハラ」がなかった理由
最近は、立候補者に対する「票ハラ(票ハラスメント)」が問題になっている。握手のときに手を握って離さない、会合でお酌を強要されたり身体を密着させてこられたりするなど、票の力を盾に取ったハラスメントだ。特に女性候補者が被害に遭うことが多いが、岸本さんは「全く経験しなかった」という。
コロナ禍で行われた選挙で、会合などの活動が制限されていたせいもあるが、「従来型の3バン、『地盤・看板(肩書や知名度)・かばん(資金力)』をベースにした選挙ではなく、政策議論を中心に選挙戦を展開することができたからかもしれません」と岸本さんは言う。
「私はここ10年ほど、ヨーロッパの各地で進む、地方自治で民主主義を取り戻すための活動について研究してきました。『ミュニシパリスト運動』というのですが、地元の市民グループが議論し、合意した政策のもとに候補者を決めて選挙に出ます。グループで政策をしっかりと練って支えますから、政治の経験がない人も出馬できます。候補者を、抽選で決めるケースもあるくらいなんです」
この運動は、アルゼンチンやスペインで生まれて欧州各地に広がった取り組みだが、岸本さんが杉並区長選挙に出馬した経緯と重なるところが多い。「私がわずか2カ月足らずの短い準備期間で当選できたのも、住民の会が、既に目指す政策をしっかりとまとめていたからです。それに、政策によって支持と共感を広げることが中心の選挙運動だと、票ハラが生まれる余地は少なくなりますよね」