“入学を遅らせる”がトレンド
10歳で大学卒業、12歳でハーバード入学──。日本でもときどきニュースになるように、アメリカには優秀な子どもが何学年も飛び越して進級、進学する飛び級制度がある。
ここまで極端な例でなくとも、得意科目だけ1、2学年上のクラスを受講することは全米各地の公立学校で普通に行われており、前述のAstra Nova Schoolではそもそも学年の枠組みという概念がない。学びのレベルや適齢期は子どもそれぞれに違っていて、学年で分けること自体がナンセンスという発想は、ギフテッド教育にも通じる。
「シリコンバレーの私立校では、小学1年生と中学1年生が同じ教室で学ぶこともあります」(石角さん)
一方で、アメリカで近年、義務教育のスタートであるキンダーへの入学やその後の進級をあえて1年遅らせることがトレンドになっている。
世界的ベストセラー作家のマルコム・グラッドウェルが『OUTLIERS (邦題:天才! 成功する人々の法則)』(2008年)で、欧米の一流スポーツ選手には日本の4月生まれにあたる9月生まれが多いと指摘。すべての競争において相対年齢が高い者が勝者になるとして、学校生活での9月生まれの優位性を説いた。
2017年には、マサチューセッツ州ケンブリッジにあり多くのノーベル賞受賞者を輩出してきた「National Bureau of Economic Research(全米経済研究所)」の研究者が、就学開始時の月齢とその後の学業成績の相関関係についての論文を発表。9月生まれの子どもたちは心身の発達、発育がクラス内で相対的に進んでいるため、義務教育期間を通して文武に優れ、より良い大学に入学しているという研究結果を明らかにした。
生まれ月によるハンディを解消するため、早生まれの6、7、8月生まれの子を持つ多くの親が、キンダー入学を1年遅らせる選択をするのだ。あるデータによると(※ 1)、全米で6%がキンダー入学を1年遅らせ、6%が小学1年生に進級せずにキンダーをやり直していた。つまり早生まれの子の約1割がダウングレードしているというのだ。
義務教育期間を充実させ、大学進学を有利に運ぶための新しい戦略は、カレッジフットボールで選手生命を延ばすためのレッドシャツ制度になぞらえ「アカデミックレッドシャツ」として、特に高学歴、高所得世帯に浸透している。
バージニア大学とスタンフォード大学の研究者が13年に発表した論文(※ 2)では、アカデミックレッドシャツを実践しているのは、富裕層が貧困層の2倍多かったという。全米有数の高学歴、高所得世帯が集まるシリコンバレーでも、アカデミックレッドシャツを実践する家庭が多そうだ。
川崎さんは、「アメリカの家庭がリーダーシップの育成を重要視し、精神面の充実にも重きを置いていることの表れ」だと指摘する。
※1 米国教育統計センターの2010年秋のデータ
※2 「キンダーにおけるアカデミックレッドシャツ制度」
東京・八王子にある「東京ウエストインターナショナルスクール」最高執行責任者。2015年までアメリカのシリコンバレーに住み、その間、IQ130以上の子どもを対象にしたギフテッド専門の私立一貫校ヌエーバスクールで、15年間教師を務め、多くのギフテッドの子どもたちの教育に関わる。自らの子どももヌエーバスクールの卒業生。NHKクローズアップ現代「知られざる天才“ギフテッド”の素顔」に出演。
石角友愛さん
AIテクノロジーカンパニー「パロアルトインサイト」CEO。16歳で単身渡米し、ボーディングスクールに留学。2010年にハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得したのち、Google本社で多数のAI関連プロジェクトを担当する。日本企業に対してシリコンバレー発のAI戦略提案からAI実装まで一貫した支援を提供。11歳と6歳の子どもがいる。子育て関連の著書に『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)がある。