定年退職後は人生最大級のストレスにさらされる時期

なぜ、強すぎるストレスは、脳に悪影響を与えるのでしょうか? ストレスにさらされると、副腎皮質(腎臓の近くにある内分泌器官)から「コルチゾン」という物質が分泌されます。

コルチゾンは、脳内のさまざまな部位に悪影響を与えるのですが、その攻撃を真っ先に受けるのが、海馬なのです。海馬の神経細胞が損傷すると、人は新しい情報を受け入れられなくなってしまいます。これは、「昔の苦しい体験を思い出したくない」「悲しいことは忘れたい」という脳の自己防衛的な働きでもあります。

逆にいうと、脳を活性化させ、記憶力をよくするには、まずは落ちついた精神状態を保てる環境づくりが必要なのです。「定年退職して、今はストレスとは無縁」という人もいるかもしれませんが、じつは老後は、人生最大級のストレスにさらされる時期です。その原因は、配偶者の死、自らの病気、失業などです。

とりわけ、私は、最愛の妻を亡くした高齢男性が一気にボケてしまうケースを多数見てきました。人生最大級のストレスによって、海馬が傷つくことが原因というケースが多かったのだとみています。

ベンチに座っている落ち込んだ男性
写真=iStock.com/metamorworks
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記憶力の低下には男性ホルモンの減少が影響している

記憶力が落ちる理由の最後のひとつは、生物学的な理由です。中高年以降、男性ホルモンが減少していきますが、それが記憶力の低下につながることは意外に知られていません。男性ホルモンの減少は、記憶に影響する神経伝達物質のアセチルコリンを減らすことにつながっているとみられているのです。

また、セロトニンなどが減ってうつ病になると、周囲に対する関心や注意が減るため、記憶力が急激に衰えます。とくに老年性のうつ病では、記憶力低下が著しく、認知症と誤診されることも珍しくありません。

ここからは、記憶力以外の“脳力”、思考力や判断力について、お話ししていきましょう。思考力や判断力を司っているのは大脳の前方にある前頭葉ですが、“使っているようで使っていない”のが、この前頭葉です。平穏無事な暮らしを送っている人ほど、その傾向は強まります。日常、さしたる問題がなければ、毎日、同じことをしていればいい。すると、前頭葉を使う機会は、ほとんどなくなってしまうのです。