努力をすれば誰でも記憶力は維持できる

若い頃のことを思い出してください。たとえば、英単語を覚えるとき、単語帳や単語カードをせっせとつくって、通学電車の中などで、それらをって何度も復習し、頭に叩き込んだことを。そもそも、それくらいの努力をしなければ、人は、物事を覚えることはできないのです。あなたは老後、いや中年以降、そんな努力をしたことがあったでしょうか。

むろん、そのような努力をしている人は、ごくごく少数派です。努力をしなければ、「最近、物覚えが悪くなった」「覚えても、すぐに忘れてしまう」のも、当たり前のことなのです。また、努力を怠ると、前述したように、人間の体や脳では、「廃用現象」が起きはじめます。使わない筋肉が衰えていくのと同じように、使わない記憶力は衰えていくのです。

俳優の伊東四朗さんは、70歳を過ぎて「百人一首」の暗記にチャレンジしたそうです。さすがの名優も、70歳を超えると、思うようにセリフを覚えられなくなってきた。そこで、記憶力を鍛え直すため、「百人一首」の暗記を始めたと聞きます。

脳科学の立場からいえば、これは「廃用現象」を防ぐ賢明な方法です。私にも経験がありますが、「百人一首」ほど、覚えにくいものはありません。“古語度”が高く、意味が取りにくい。記憶の入力、定着ともに難しい素材です。だからこそ、伊東さんは、その暗記にチャレンジしたのでしょう。記憶力を維持し、脳を鍛え直すには、格好の素材と判断したのだと思います。

21世紀に入ってから立証された脳科学の新常識

「脳は、いくつになっても鍛えることができる」――これは、脳科学的には、21世紀になってから立証された新たな常識です。

AIの概念
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20世紀までは、専門家の間でも、「脳の神経細胞は、成人になってからは減る一方で、増えることはない」と信じられていました。それで、専門家も「大人になると、記憶力は衰える」と思い込んでいたのです。ところが、ミレニアムの2000年、この“常識”は否定されました。

ロンドン大学の認知神経学の研究者、エレノア・マグワイアー博士が、「脳の神経細胞は、大人になっても増えることがある」と報告したからです。これは、それまでの脳科学の常識をくつがえす大発見でした。

マグワイアー博士は日頃、ロンドン市中を走るタクシー運転手の「記憶力」に関心をもっていました。「彼らは、なぜロンドン市街の複雑な裏道、路地を記憶できるのか?」と不思議に思っていたのです。そこで博士は、タクシー運転手と一般人の脳の比較研究を始めました。すると、タクシー運転手の脳の「海馬」が、一般人よりも大きく発達していることがわかったのです。

海馬は、大脳辺縁系にあって、記憶の入力を司る部位です。ベテラン運転手ほど、その発達の度合いは大きく、タクシー運転歴30年を超える大ベテランは、海馬の体積が3%も増えていることがわかったのです。