アマゾン社員に報告しなければ救急車も呼ぶことができない
アマゾンの正社員として首都圏の物流センターで13年から16年まで働いた山本英樹(仮名)は、ポスターの文言と現実の間に横たわる大きな溝についてこう説明する。
「アマゾン社内では、物流センターでアルバイトの方が倒れたときの連絡系統というのが厳格に決まっているんです。発見者からリーダー、次にはスーパーバイザー、その次は“アマゾニアン(アマゾン社員を指す)”に連絡を上げていかなければなりません。そのうえで、センター内にある、安全衛生部やセンターのトップであるサイトリーダーに報告して、はじめて119番に電話して救急車を呼ぶことができるんです。
アルバイトであるリーダーやスーパーバイザーが、アマゾニアンの頭を飛び越して救急車を呼べば必ず叱責の対象となります。内田さんが倒れたという報告を受けたとき、リーダーやスーパーバイザーが考えたことは、おそらく、内田さんの生命のことより先に、アマゾニアンへ報告しなければならないのが気が重い、ということだったでしょうね。
センター内で人が倒れれば、どうやって改善するかという書類を書かされるのです。内容がアマゾンの気に入らなければ、何度も突き返されます。それに、アマゾンの承諾なしに救急車を呼べば、電話した本人がつるし上げられるだけでなく、派遣会社の責任も問われます」
アルバイトの体調よりも、本社への報告書を気にかけている
人命救助よりアマゾンの決めた手順を守る方が大事だというのは、にわかには信じがたい。しかし、山本はこうつづける。
「各センターが気にしているのは、怪我人や病人などの数字です。たとえば、夏になるとどこのセンターでも熱中症のアルバイトが出るのですが、各センターの安全衛生部には、何人以下に抑えるという目標が本社から降りてくるんです。
私は、2度ほど、熱中症にかかったアルバイトと一緒に救急車に乗ったことがあるんですが、その間、何度も、安全衛生部の担当者から、医師から熱中症という診断は出ましたか、それともほかの理由ですか、と電話で結果を催促されたのを覚えています。彼らが気にするのはアルバイトの体調ではなく、本社に報告する書類に記載する数字だけなんです。
お亡くなりになった内田さんのことは残念ですが、小田原での対応を聞いても、私は何の不思議も感じません。アマゾンの社風がよく現われているな、と思うだけです」