(1)はじめての唯識
多川俊映

著者は興福寺の貫首。「悪とは人間の心から出る」という唯識の考え方を平易に説く。

(2)イエス・キリスト
荒井 献

一神教世界を知るうえで聖書は必読。ただし正しい理解にはイエスの教えを事実から捉える「聖書学」の観点が要る。

(3)日本基督教の精神的伝統
魚木忠一

(4)沈黙
遠藤周作

純粋なキリスト教は存在しない。存在するのはそれぞれの文化に受容された類型だけだ。(3)で魚木は日本の「基督教」にも神道、仏教、儒教の影響があることを指摘した。(4)は世界十数カ国で翻訳されている世界文学。凄惨な迫害の歴史を通じて、カトリックの救済の概念を正確に描いている。

(5)イスラーム―回教
蒲生礼一

イランは世界情勢における大変な不確定要因だが、イランのシーア派のイスラム教に視点を置いた解説書で、これを超えるものはいまだにない。

(6)口語訳 古事記―神代篇・人代篇
三浦佑之

特に重要なのは出雲神話との関係。大国主命たち「出雲」は、天照大神たち「伊勢」に負ける。だが放逐せず「黄泉の国の支配」という形で共存する。建国神話の根本には負け組を許容する多元性がある。

(7)世界史の哲学
高山岩男

現代の国際情勢を知るために推す。歴史とは影響力のある民族が自らつくり出すもの。世界史とは多元的なものだ。初版は1942年。高山は京都学派を代表する哲学者で、大東亜共栄圏の建設を是とした。ヨーロッパという共同体の観点をもつEUと、アジアはひとつと考えた大東亜共栄圏の思想との相似性がわかる。

(8)認識と関心
ユルゲン・ハーバーマス

人間の認識は利害にもとづく関心が先行するため、客観的にはなれない。「客観的な議論」を求められた場合は本書で反論せよ。

(9)ゲーデル 不完全性定理
ゲーデル

(10)論理トレーニング101題
野矢茂樹

(11)ソフィーの世界
ヨースタイン・ゴルデル

(9)は岩波文庫がいい。(10)は「分析哲学」の手法で、新聞や雑誌の論考の乱暴さを暴く。分析哲学というジャンルでは、哲学を突き詰めるために論理を数字に純化する。日本人の弱い分野であり、ここを強化するとビジネスでも騙されにくい。(11)は哲学史を小説仕立てで紹介する本。哲学の思考法をわかりやすく学べる。

(12)精神現象学
G・W・F・ヘーゲル

原文に忠実な平凡社ライブラリーの樫山欽四郎訳を勧める。

※すべて雑誌掲載当時

(西川修一=構成 市来朋久、奥村 森=撮影)