越智に用意されたポストは、ケミカルHDでは経営戦略室担当執行役員で、極秘裏に進められていた三菱レイヨン買収計画の要員だった。

三菱ケミカルHD社長 小林喜光 こばやし・よしみつ●1946年、山梨県生まれ。71年東京大学理学系大学院相関理化学修士課程修了。72年へブライ大学物理化学科、73年ピサ大学化学科に留学。74年三菱化成工業(現・三菱化学)入社。96年三菱化学メディア社長、2005年本社常務執行役員などを経て、07年から現職。

当時、三菱レイヨンといえば、売上高4700億円を誇る一部上場会社で、同じ“誇り高き”三菱グループの中の一員である。この買収を成功させることが、さらなる拡大・成長戦略を描くケミカルHDにとって重要なミッションだった。そして、越智は3年後、三菱レイヨンを買収し、子会社化させることに成功する。

今回の人事の意味は、石塚博昭、越智という“必殺仕事人”を、三菱化学、三菱レイヨンというケミカルHDの重要会社トップに起用したことにある。

それは小林が持つ、現状に対しての強烈な危機意識の表れであるが、ケミカルHD傘下の、主要3社の人事を、垣根を跨ぐように複合化させたのはなぜか(今回、田辺三菱製薬は変更なし)。その意味は、小林の次の言葉に集約される。

「集中と選択の時代は、終わったんじゃないか。商品の単品主義では、非常に危険な時代になっている。化学、レイヨン、樹脂の優れた商品を複合化していかなければ、戦えない時代だね」

小林は、今の経済状況をこう分析する。

「リーマン危機が“急性肺炎”ならば、今回の欧州危機は“慢性疾患”だろう」

欧州危機が引き金となり、世界経済を牽引してきた中国やインドなどの新興国が、経済成長を一気に減速する危険性がある。このような状態を乗り切るには、馴れ合いや情だけでない真の“仕事人の集団”の組織にしなければ、今後生き残れないだろうと、小林は痛切に感じている。では、今回の人事を皮切りに、ケミカルHDをさらなる飛躍に導こうとする小林とはどのような人物なのだろうか。

(文中敬称略)

※すべて雑誌掲載当時

(川本聖哉=撮影)