還暦は人生の再出発地点

干支えとが5回回ると「還暦」になります。イメージとしては、まだ3、40年続く人生を生きる「再出発地点」に立つ、という感じでしょうか。

仕事を続けるにせよ、リタイアするにせよ、現役時代と違って、もう競争社会で神経をすり減らすことはなくなります。資産や年金収入など、格差は依然として残るものの、若いときほど、「もっとがんばらなきゃ」「もっと上を目指さなくちゃ」と焦燥感のようなものに縛られることもなくなります。

そこで大事になってくるのが、「自分の好きなことをして、いかに自分らしく充実した日々を重ねていくか」ということです。

ピクニックでワインを飲むシニアカップル
写真=iStock.com/Daniel Allan
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幕末の歌人から学ぶ「人生の楽しみ方」

基本は「清貧」がいい。幕末・福井の歌人、橘曙覧が家督を弟に譲って後、隠棲して歌と学問に打ち込んだように、何か好きなことをして暮らすのが理想でしょう。曙覧が引退したのは20代とも、30代とも言われますが、いずれにせよ57歳で亡くなるまでの約20年間は、いまを生きる私たちのシニア・ライフと重なります。

曙覧の歌で特徴的なのは、日常生活に題材を取り、身近な言葉で詠んだこと。焼き魚や豆腐を食べる楽しみや、紙き、銀山採掘などの労働風景、住まいの様子などを歌にしました。

とりわけ「独楽吟」という、「たのしみは」で始まって「……とき」で終わる形式で詠んだ和歌は、何でもない日常の風景に楽しさや喜び、幸福を見出すうえで、とても参考になります。七首ほど、紹介しましょう。

たのしみは 珍しき書 人にかり 始め一ひら ひろげたる時
たのしみは 空暖かに うち晴れし 春秋の日に 出でありく時
たのしみは 朝おきいでて 昨日まで 無かりし花の 咲ける見る時
たのしみは まれに魚烹て 児等皆が うましうましと いひて食ふ時
たのしみは 心をおかぬ 友どちと 笑ひかたりて 腹をよるとき
たのしみは 好き筆をえて 先づ水に ひたしねぶりて 試みるとき
たのしみは ほしかりし物 銭ぶくろ うちかたぶけて かひえたるとき

こんなふうに楽しみを数え上げながら暮らしていけたら、中高年以降の毎日を満ち足りて過ごせそう。一日一吟、独楽吟を詠むことを楽しみにするのもいいですね。